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5:若者照準、映画に協力
巨大怪獣がもし東京を襲ったら、戦うのは自衛隊。「対ゴジラ特別兵器開発法案」が国会で可決され、首相が新兵器の出動を決断する――。 02年に封切られた東宝の映画「ゴジラ×メカゴジラ」の話だ。怪獣同士の戦いでなく、対決相手のメカゴジラを自衛隊が新兵器として操る。シリーズ初の設定は、03年公開作にも引き継がれた。 ゴジラ映画の第1作公開は自衛隊発足と同じ54年。以来27作。やられ役が主だったスクリーンの自衛隊は、ここ数年で明らかに変化している。 「親の世代も楽しめるようリアルさを追求した」と東宝映画のプロデューサーは明かす。ただ、撮影に全面協力した自衛隊側にも思惑はあった。 陸上自衛隊東部方面総監部で報道班長を務める佐野伸寿3佐(38)は、「メカゴジラ部隊」隊員役の俳優らにレンジャー訓練などを指導した。 制作者側が主演のアイドル女優に望んだのは、エリート自衛官としての完璧(かんぺき)な振る舞いだった。だが、佐野は彼女に敬礼を教えるとき、あえて「甘さ」を残した。 「あの年代だとそれが自然。まだ自衛官としての迷いもありますし」 佐野がこだわるのは、ヒーローよりも「等身大の自衛官」の表現だ。 90年に防衛大学校卒。92年、厳しい訓練が必要な「幹部レンジャー」になった。転機は94年。在カザフスタン大使館に出向、文化担当に。以来、地元監督らとカザフの日常を描く映画4本を制作し、東京国際映画祭などで数々の賞を得た。 現在は東京と埼玉県にまたがる朝霞駐屯地勤務。仮面ライダーなどテレビ番組の撮影にも協力する。自衛官が初めて主人公となるウルトラマンの映画次回作では、カメラ位置や撮影の段取りも助言した。 「自衛隊が当たり前に存在する姿を示せば、地域での信頼感も高まる」 「若者や女性への情報発信が重要ですから」 映像メディアを通じた自衛隊のPRに力を入れる理由を、防衛庁広報課はそう説明する。 防衛庁は、自衛隊に関する3年ごとの政府世論調査に注目してきた。自衛隊・防衛問題に関心のある人は、03年1月調査で、男性が71%に対し女性は49%。60代は69%だが20代は37%だった。 自衛隊の海外活動を伝える報道が増えるなか、防衛庁は「車の両輪」(同課)として、国防に携わる自衛隊を描く映画への協力も進める。 自衛隊の映画制作協力は60年代、国会で社会党に「戦争映画にただで協力している」と批判を受けた。ゴジラへの協力は後退し、本格協力が再開したのは冷戦が終結した89年だ。その後、自衛隊の描写に防衛庁から細かな注文がつき始めた。 当時4作品で監督や脚本を務めた大森一樹(52)は、「隊員の動作や階級、組織を現実に即してとうるさくなった」と振り返る。「出動前に閣議決定の場面が入らないと協力は難しい」といった要望もあったという。 米国の場合、軍とハリウッドとの「蜜月」は常識だ。同時多発テロ後は大統領政治顧問が映画産業トップと懇談した。米国版ゴジラ(98年)でも、米軍がゴジラを撃退する活躍を見せた。 防衛庁には映画制作協力に関する内規がある。基本条件は(1)防衛庁の紹介となる(2)防衛思想の普及高揚となる――の2点。これを満たせば無償で人とモノを提供する。 ただ「内規は大枠で、協力はその時の防衛庁長官らの判断で決まる部分もある」(同庁広報課)。実際、趣旨が合わないとして協力要請を断った例もある。今の石破長官は積極的という。 自衛隊と映画制作の両方の現場を知る佐野は言う。「メディアの立場に立てば、自衛隊と慣れの関係を作ることが本当にいいことなのかなと思う。自衛隊にはいいことでしょうが」
(朝日新聞2004年3月23日朝刊紙面)
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