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イラクで占領反対を掲げるイスラム教シーア派の強硬派ムクタダ・サドル師が6日、拠点としていた中部クーファからシーア派の聖地があるナジャフ中心部の事務所に移ったことで、米国との対決が長期化する可能性が出てきた。ナジャフはイラク戦争中、もう一つの聖地カルバラとともに、米軍がシーア派民衆の反発を恐れて進入をとどまった場所だ。今回も、サドル師がナジャフで籠城(ろうじょう)を続ければ、米軍が踏み込むことは難しくなる。
サドル師のナジャフへの移動について、アラブ圏有力紙アッシャルクル・アウサトは「サドル師は多くの護衛で固めたクーファのモスクにとどまる代わりに、ナジャフのアリ廟(びょう)を手中にすることを決めた」と書いた。
ナジャフはカルバラと並び、シーア派の聖地。ナジャフには、イスラム教の開祖ムハンマドのいとこであり娘婿で、暗殺されたアリをまつった廟がある。カルバラには、その息子でやはり殺害されたフセインをまつるモスクがある。
サドル師は、クーファで自派民兵と捨て身の抗戦をするよりも、聖地に拠点を持つことで、米軍が強硬手段に出た場合に「米軍対シーア派」の構図をつくりだす意図があると見られる。米軍が同師拘束のために強硬策に出れば、シーア派民衆の徹底した反発をかうことになる。
イラク戦争で米軍は、ナジャフの近くでイラク共和国防衛隊と激戦を行い、多くのイラク兵がナジャフに逃げ込んだ際、その中心部には入らず、1週間以上にわたって包囲を続けた。カルバラにも進攻しなかった。
シーア派民衆には「民衆がアリ廟に通じる道路に立ちはだかって、米軍の進入を阻止した」と語り継がれている。米軍が両都市に入らなかったのは、市街戦に突入するのを避ける戦略とともに、シーア派住民の反発を引き起こすことを避けたためとされる。
ナジャフのアリ廟は、サドル師の父親で99年に旧フセイン政権に暗殺された当時のシーア派最高権威ムハンマド・サーディク・サドル師が金曜礼拝の講話をしていた場所。息子のサドル師は今回、その近くにあった事務所に移ったという。
サドル師はナジャフの最高学府では、まだ正式の宗教者とは認知されていない。これまで拠点としていたクーファから、今回の危機を契機に父の事務所に移ることで、自らを父の後継者として訴える狙いもあると見られる。
(04/07 22:23)
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