JR西日本の井手正敬取締役相談役(70)は24日、朝日新聞社の単独インタビューに応じた。JR宝塚線の事故の背景について、「国鉄末期と同じ官僚体質や無責任体質が残っていた」として、企業体質に問題点があったとの認識を示した。運転士に過度のストレスを与えたと批判されている「日勤教育」については、「ミスを起こした人にきちんとした再教育をすることは当たり前だし、それが何回も続く人に乗務を降りてもらうのも当たり前」と語った。
井手氏は87年の旧国鉄分割・民営化を推進し、JR東日本の松田昌士会長、JR東海の葛西敬之会長とともに「国鉄改革3人組」と呼ばれた。92年に社長に就き、97年から03年までは会長を務め、長く経営の最高責任者だった。
井手氏は、事故当日、社員がボウリングやゴルフをしていたことなどが次々に発覚したことに触れ、「かつての国鉄が持っていたあしきものが復活したと思った。そうした地下茎を完全に取り払えなかったことについては、私にも責任がある」と述べた。
企業体質の問題点について、「大企業病だと思う。そこに僕はものすごく責任を感じている。それが例えば一部では隠蔽(いんぺい)体質といった事故を軽く見せることにつながっていく可能性もなくはない」と話した。
安全投資が遅れたという批判に対しても、95年の阪神大震災や99年の山陽新幹線のトンネル崩落事故を例に、「思わぬことでお金がどっと出てそこを集中的にしないといけないことがあるとすれば、全体として(投資を)調整しないといけない」とした。
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JR西日本の井手正敬・取締役相談役が24日、事故後初めてインタビューに応じた。同社の経営体質への批判が強まる中で、井手氏は社長・会長を11年近く務めた実力者だった。主なやりとりは次の通り。
――JR西日本の企業風土が事故の背景になったとの批判もあります。
「JRになったときに国鉄末期の官僚的体質、無責任体質を猛反省した。民営化し、官僚的な体質はある程度きれいになったと思っていた」
「事故の翌日以降、(事故当日に)ボウリングに行ったとか、ゴルフに行ったとかいう話を聞いて、かつての国鉄がもっていたあしきものがまた復活したと思った。そうした地下茎を完全に取り払えなかったことについては、私にも責任がある」
――経営効率を追求しすぎたのでは?
「効率を上げるのは当たり前だと思う。もちろん、安全を無視してまで効率一辺倒にはしていない」
「実際に事故が起きたから、安全について何を言っても弁明できない。だが、我々としても手をこまぬいていたわけではない。事故が起きた場所は、6月にATS―P(新型の自動列車停止装置)の整備が終わる予定だったが、たまたま4月に事故が起きた」
「JR西日本では、阪神大震災があり、(耐震補強のため)新幹線の高架に鉄板を巻いた。(99年、山陽新幹線の)トンネルのコンクリートが崩落した事故もあった。思わぬことで集中的に投資しないといけないことがあれば、全体として(投資を)調整しないといけなかった」
――日勤教育が運転士にとってプレッシャーとなったとの意見もあります。
「ミスを起こした人にきちんとした再教育をすることは当たり前だし、それが何回も続く人に乗務を降りてもらうのも当たり前だ。乗務員にストレスがたまっているというが、乗務員でストレスをもっていない人はいない」
――過密なダイヤ編成が事故の遠因と言われている。
「ダイヤが過密というが、東京に比べたら宝塚線ははるかに余裕度がある。尼崎駅における接続時間が短いと言われるが、こういうことはダイヤ改定があったときに必ずある。そういうときはダイヤを微修正している。(スピードアップにしても)お客様のためだった」