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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com> 2007参院選> 地方ニュース> 大分> 記事 〈格差に耐えて:4〉教育 双国高、統廃合の危機2007年07月14日 存続が危ぶまれている県立高校がある。
双国高校。国東半島最北端の国東市国見町にある同校は05年度まで、普通科と情報ビジネス科が1学級ずつあった。が、統廃合で08年度にできる新設校の「分校」となるのに合わせて、昨年度から情報ビジネス科1学級に縮小された。 普通科がなくなってしまったことが敬遠されたのか、今年度の新入生は、40人の募集定員を大きく下回る31人だった。 定員数――同校にとってこの3文字の重みは、他校とは比べものにならない。なぜなら、「分校」は、在校生が2年続けて定員の3分の2を下回ると、廃校が決まってしまうからだ。 ■ ■ 半島の対岸、人口約2600人の離島・姫島の出身で、国東市立国見中の教壇に立つ中城(ちゅうじょう)悦子(39)はこう振り返る。「自宅から通える双国高がなかったら、高校進学はあきらめざるを得なかったでしょうね」 教職に就くのが、中学時代からの夢だった。教員養成課程のある4年制の大学へ進むため、普通科の公立高を志望した。当時、受験できる学区内には、商業科や家政科も併設されていた双国高と、進学校で普通科のみの国東高があった。 双国高は、姫島から村営フェリーに乗って約20分で着く半島側の伊美港から約1.5キロの場所にあり、同港からは自転車で通える。が、国東高は伊美港から20キロ以上も離れているため、姫島からの通学は難しく、下宿しなければならない。 実家は漁業で、収入は不安定だった。高校の学費を納めるだけでも精いっぱいだったはずだから、「下宿したい」とは、とても言い出せなかった。 結局、奨学金を受けながら、双国高の普通科に通った。大分大学にも進学でき、アルバイトと奨学金で自活して、夢をかなえることができた。「双国高は、今も昔も、自分のような経済事情を抱える生徒にとっては、なくてはならない学校のはず」と中城は言う。 同高が仮に廃校になれば、姫島の中学生たちにとって高校進学は、下宿か寮生活が前提になる。下宿の場合、公立高でも、学費を含めて月に10万円前後はかかる。 県の03年度の市町村民所得推計によると、1人当たりの所得は、県平均を100とした場合、姫島は約65。この学費や下宿代は、他の地域の世帯よりも重い負担となる。「その負担に耐えられない家の子は、どうすればいいのだろう」。中城はそんな不安をぬぐいきれずにいる。 ■ ■ 県立高校の統廃合には常に、双国高のような小規模校の存廃問題が絡む。県はかつて、県立校は「過疎対策」の観点からも存続させる方針だった。が、99年、この方針を転換し、廃校の基準を定めた。当時の県教委幹部は「財政上、やむを得なかった」と話す。 それまでは少子化で生徒が減っても、1学級の人数を、国が標準とする40人未満に抑え、学級数は減らさずにいた。学校が勢いを失わせないための工夫だった。 だが、制度上、国の標準に合わない学級の教員には、国費が出ない。そこで県は自前の財源で非常勤講師を雇うなどしたが、限界があった。生徒数もその後、年々減り続けた。 国は05年、地方交付税を減額する見返りに、税源を国から地方自治体に移譲することなどを柱とする「三位一体改革」に着手した。交付税の減額は、県財政をさらに悪化させかねず、県教委は国費の出ない定員割れの小規模校を支えることを断念し、この年、県立校の統廃合計画を決めた。 ■ ■ 13日午後、双国高から約15キロ南東にある市立富来(とみく)中学校で、地域の学校説明会が行われた。「来春こそは、一人でも多くの新入生を迎えたい」。そう願う双国高教頭の矢野祥二(52)は、祈るような気持ちでマイクを握りながら、生徒たちに向かってこう訴えた。「国立大への進学実績もある。同窓会のおかげで全教室にクーラーもついた。ぜひ、うちを選んでほしい」 県立高校の統廃合が進めば、離島や山間部などの生徒たちの「学ぶ場」は限られる。重い負担を避け、教育の場を求める人たちは、ふるさとを出て行くしかない。この悪循環が加速している。=敬称略 ![]() この記事の関連情報 |
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