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「女イチロー」主将・山田、千金弾 ソフト金

2008年8月22日10時53分

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写真拡大優勝しスタンドの声援に応える日本選手たち=矢木隆晴撮影

(21日 ソフトボール決勝)

 北京五輪のソフトボール決勝。力を振り絞って戦った選手たちは、ついに悲願の「金」を勝ち取った。次回の12年ロンドン五輪では実施競技から外れるソフトボール。エース上野由岐子の力投、主将山田恵里のホームラン……。最後かもしれない五輪で頂点を極めた選手たちの一投一打に、北京で、日本で、大きな声援が送られた。

 いつもクールな主将の山田恵里(24)が、興奮して何度も両手を突き上げて叫びながら、ダイヤモンドを一周した。

 1点先制後の4回。思いっきり振り抜いた打球は右中間席の最前列付近に飛びこんだ。日本打線が米国投手の変化球に苦しむ中で、チームを日本初の金メダルに大きく近づける本塁打となった。

 こんなに喜んだことはない。どの球を、どう打ったのか覚えていない。「本当に応援が乗せてくれた」。雨で中断するような空模様にもかかわらず、観客席は日本から駆けつけたファンで埋まっていた。

 小さい頃からガキ大将で男の子を連れ回していた。野球をしていた2人の兄の影響で地元の少年野球チームに入ったのが小学1年の時。中学でも野球部に入った。女の子は1人だけ。その中でレギュラーとして活躍した。

 中学生だった98年の夏。両親と甲子園に行った。横浜高校の松坂大輔が延長17回を投げ抜き、PL学園高校を下した球史に残る大熱戦。「自分もここに下りて、やりたいな」と心を熱くした。

 だが、どんなに頑張っても規定で女子は甲子園には出られない。「女の子のお遊び」と思っていたソフトボールに転向した。強豪・厚木商業高校の練習はスピード感があり、迫力もすごかった。あとは一直線。高2の9月、テレビでシドニー五輪の銀メダルを見て、将来の目標が決まった。練習でフェンスにぶつかって鼻の骨を折っても、翌日にはグラウンドに立った。

 年齢はアテネのチームでは下から2番目だった。4年たち今度は自分が引っ張る立場になった。チームをまとめようとするあまり、自分を見失った時期もあった。昨秋、斎藤春香監督(38)に部屋に呼ばれた。

 「チーム一の負けず嫌いなんだから、そのよさを出せ。プレーで引っ張っていけるから、主将に選んだんだ」

 その言葉で我に返った。「まずは自分が力を出し切ること」。俊足とフォームが崩れても三振しない勝負強さ。「女イチロー」と呼ばれる本来の姿を取り戻した。

 野球とソフト。競技は違うが、甲子園で受けた感動を自分も伝えたいと思いながらやってきた。その舞台は両競技とも4年後のロンドンにない。「自分たちのプレーを出し切れば復活につながると思った。その第一歩になったと思う」。野球一途に自分を貫いた少女が夢をかなえ、これまで見せたことのない笑顔で表彰台の頂点に立った。(延与光貞)

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