(14日、競泳男子200メートル平泳ぎ)
ライバルを寄せ付けない圧倒的な強さと安定感を見せつけた勝利だった。男子競泳の北島康介(25)が14日の200メートル平泳ぎでも金メダルをとった。世界新記録はならなかったが、アテネに続く2種目連覇だ。「北京で最高の自分を表現したかった」。周囲で支えた「チーム北島」プロジェクトの集大成にもなった。
50メートルのターンのあとは一度もトップを譲らなかった。圧倒的な差を付けてのゴール。だが、タイムを見て世界記録でなかったことを確認すると、「ふーっ」と大きく息を吐いた。ガッツポーズにあまり笑顔はなく、ちょっと首をかしげた。
それでも、プールサイドに上がってからは、大歓声に沸く観客席に向かい、指で「1番」と示し、手を上げて応えた。
「自分1人ではここまでこられなかったんで、この喜びをみなさんと分かち合えてうれしいです」
表彰を終え、プールを一周。赤い花束を観客席に投げ込み、バルセロナ五輪金メダリストの岩崎恭子さん(30)が驚いた顔で受け取った。
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「チーム北島」。目がギラギラした14歳の少年が水泳の才能を見いだされてから12年。平井伯昌(のりまさ)コーチ(45)の周りに集まった専門家集団は、「世界一」の泳者に育てるため、知恵と技術を出し合った。
筋力トレーニング、泳法解析、トレーナーの専門家らだ。中心的存在は、日本体育大学助教の岩原文彦さん(36)で、レース戦略の助言や身体能力の数値計測を担当する。この日も観客席から、ビデオカメラに撮りながら北島の泳ぎをみつめた。
06年4月の日本選手権。北島の泳ぎがしっくりこない。岩原さんは群馬県の大学に勤める動作解析の専門家に電話した。「テレビを録画して見てもらえないか」。手足の動きのずれについて即座に指摘の電話が入った。岩原さんは平井コーチに伝えた。
チームといっても、北島に常に同行するわけではない。できる範囲内でかかわる。岩原さん自身も運動生理学の研究者だ。大学まで自由形、個人メドレーの選手だった。
マッサージ担当の小沢邦彦さんは東京都豊島区で自分の店を持つ。名門高校の水泳選手だった。筋力トレーニング担当の田村尚之さんは国立スポーツ科学センター(JISS)の指導員で、岩原さんの元同僚だ。
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岩原さん自身は当初、北島が世界一になれるとは思っていなかった。体力的にずば抜けていたわけではない。平泳ぎに大切な、ひざの曲げ伸ばしに使う筋肉の力は平均よりも弱かった。
ところが、99年6月に高地練習で渡米した際、「この子は強くなる」と確信できたという。厳しい練習で、16歳だった北島は食事も満足に取れずにやせた。泣き言は一切口にしなかった。「気持ちが強い」。平井コーチが入れ込む理由が分かったという。
チームのメンバーを結びつけるものは夢だ。
田村さんはボディービルの選手を目指していた。岩原さんや小沢さんは自身も水泳での五輪出場を夢見ていた。
岩原さんは言う。「康介に夢を託していたのかもしれない」「ベストは出なかったが、ライバルがいない中でよく頑張った。いろいろきついことも言ってきたが、おめでとうの一言だ」(岡田健、池田孝昭)