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男子200メートルバタフライ決勝で銅メダルを獲得しガッツポーズする松田丈志=矢木隆晴撮影

男子200メートルバタフライの表彰式でメダルを掲げる、左からチェー(ハンガリー)、フェルプス(米)、松田丈志=矢木隆晴撮影

男子200メートルバタフライで銅メダルを獲得し、表彰式で金メダルのマイケル・フェルプス(米)と握手する松田丈志(右)=矢木隆晴撮影
(13日、競泳 男子200バタフライ)
電光掲示板をしばらく見つめ、ガッツポーズした。
松田丈志は言った。
「あきらめずに努力してきたのが、メダルという形になった。メダルを取ったら泣こうかと思ったけれど、意外と落ち着いていました」
そり込んだ頭に水泳キャップをかぶって臨んだレースだった。
気合を入れるため、そり上げた。試合前の恒例行事だ。05年のカナダ・モントリオール世界選手権の男子200メートルバタフライでは、つるつるの頭で水を切り裂き、銀メダルを獲得した。
今は必ずキャップをかぶる。そうしないと、ゴーグルのひもや耳たぶが水の抵抗を受ける。わずかでもスピードが遅くなる可能性があれば、避けたいと思うようになった。「できることをすべてやりたかった」
たくましい。
実家がある宮崎県延岡市のビニールハウスに覆われたプールで、今も練習する。温水設備がなかった少年時代は、寒さに震えながら泳ぎ込んだ。東京や海外への遠征が増えても、恵まれなかった環境から全国に挑戦した反骨心を大切にしたいと、年に3分の1は故郷のプールに戻った。1回に1万メートルを超える泳ぎ込みは、世界トップの練習量と言っていい。
繊細だ。
練習前後の準備運動やストレッチは、少年時代から誰よりもしてきた自負がある。東京に合宿に来ると、たまの休みには東京の旧友と遊ぶが、夕食前には必ず合宿所に帰ってくる。翌日の練習に備え、体調を整える。
07年春のオーストラリア・メルボルンの世界選手権だった。競泳陣が仕入れたおにぎりを、日本食に困っていた飛び込みの寺内健にそっと手渡した。海外遠征に出れば、海外に不慣れな久世由美子コーチと一緒に行動する。近くにいる人に細かい気遣いをしてきた。
たくましさと繊細さ。負けず嫌いの性格が、相反する性質を両立させている。
初出場した04年アテネ五輪の男子400メートル自由形では、日本男子として64年東京五輪の山中毅以来となる決勝に進んだ。だが脚光を浴びたのは他種目のメダリストたちだった。「悔しかった」。世界との差が小さいバタフライに本格転向することにした。
ミズノスイムチームに所属しながら、世界新を連発する英スピード社製水着レーザー・レーサーを選んだ。クビになることを覚悟して、6月のジャパンオープンで着用した。将来のことを心配するより、五輪にすべてをかけようと決めた。
「フェルプスも見えていたし、2位と競い合っているのも分かっていた。これが自分色のメダルです」
五輪メダル獲得。思いが結実した。(由利英明)
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〈松田の話〉 なんか不思議です。フェルプスも見えていたし、2位と競っているのも分かっていた。これが自分色のメダルです。