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(9日、柔道 女子48キロ級)
3位決定戦は、しっかりと相手の柔道着をつかんだ。ぐぐっと間合いを詰めて、払い腰。相手をたたきつけると、会場は大歓声でわいた。
だれもが、こんな谷の柔道を見たかっただろう。「メダルを獲得する気持ちだけでした」。それは、最後の力を振り絞った一本勝ちだった。
谷の全盛期は、96年アトランタ五輪の時だとも言われる。
その裏には、組み合ってしまうと勝つのが難しくなった事情がある。だから、相手が出てきたところに反応する。カウンターに磨きをかけるため軽量級の男子コーチを相手に練習を重ね、スピードをつけてきた。
試合巧者ぶりも増した。練習では壁際でぶつかりそうになっても、決して力を緩めずに技をかけきる。場外際での強さを発揮するためだ。
そして、ずば抜けた集中力。試合中、谷は「時が止まっている」と感じる。「いつの間にか試合が終わる」と。
万全の状態を期して臨んだつもりだった。しかし、カウンター狙いのスタイルは知れ渡ってしまっていた。もう、だれも前に出てこない。
準決勝のドゥミトル戦。お互いに組み合わず、まるでボクシングの試合のようになった。ジャブを繰り出すばかりで両選手が2度ずつ「指導」を重ねる。そして残り33秒。谷にだけ「指導」が来た。
奥襟を取りにくるところを払いのけ続けたツケが、最後に出た。園田コーチが両手を広げて抗議の意思を示したが、谷は「審判の先生の判断を受け止める」と冷静だった。
「私にはゴールはない」と言い続けた谷が、今後の競技活動について言葉を濁した。最後に言った「息子には野球をやって欲しい」という言葉が寂しく聞こえた。(柴田真宏)