現在位置:
  1. asahi.com
  2. 北京五輪2008
  3. 競技別
  4. 体操
  5. 記事

〈金に向かって〉跳馬職人、異次元の大技 体操・沖口誠

2008年8月8日15時46分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

拡大 マークの写真や図はクリックで拡大します

写真拡大五輪初出場となる沖口

イラスト拡大

 体操ニッポンの伝統を受け継ぐ跳馬の大技「ロペス」。日本の北京五輪代表6人の中で跳べるのはただ一人。

 沖口誠(22)だけだ。

 体操界では、五輪や世界選手権で初めて成功させた選手の名前が、そのまま技の通称になることが多い。キューバの選手の名を冠したこの技。源流は五輪で合計九つのメダルを取った塚原光男さん(現・日本体操協会副会長)にある。

 1970年の世界選手権で披露した「ツカハラとび」だ。側転跳びで跳馬に着手し、後方に宙返りして下りてきた。「人が出来ないことをやるのがおもしろくて仕方なかった」という塚原さんがその後、鉄棒の下り技で「月面宙返り」を編み出したのはあまりにも有名だ。

 そして技は進化していく。ツカハラとびを改良して空中でひねりを1回入れたのが、笠松茂さんの「カサマツとび」。それ以降は、「アカピアン」「ドリッグス」「ロペス」(いずれも選手の名前)と、さらにひねりが加わった。ロペス選手が「伸身カサマツとび2回ひねり」(ロペス)で初めてきれいに着地したのは95年、福井・鯖江での世界選手権だった。

 現在、日本の北京五輪代表選手の多くは、ロペスよりもひねりが半分少ないドリッグスを跳ぶ。沖口だけが別次元にいる。

 沖口のロペス習得は、文字通り「けがの功名」だった。岡山・関西高2年の時に出た02年の国体で、ドリッグスの着地に失敗。ひざを骨折して病院に運ばれた。前向きの着地が苦手だった。「どうせなら後ろ向きに着地できるロペスをやろう」。こうして、さらにひねりを半分加えた大技の練習が始まった。

 03年の全日本選手権。沖口は日本人で初めて、ロペスを試合で成功させる。「練習でも着地で立てないことが多かったけど、行ったれ、という気持ちで思い切り助走に入った」。脚力の強さと優れた空中感覚を持つ沖口が、世界で戦える技を手に入れた瞬間だった。

 五輪の種目別決勝では、1人の選手が2本跳ぶ。しかも違う技を見せなければならない。沖口は今、ロペスに加えて、難度点が同じく7.0ある「ヨー2」に挑戦している。「まだあまり立てないけど、感覚はわかりつつある」

 世界を見渡せば、さらに上はいる。北京五輪にも出場予定の李小鵬(中国)が編み出した「リーシャオペン」は7.2。2本とも高難度の技をそろえるのは難しい。沖口が所属するコナミの加藤裕之ヘッドコーチは、「ヨー2でも立てれば、決勝でも上位に入れるのではないか」と期待を込める。

 沖口は言う。「種目別よりも団体総合で勝つこと。それが最優先です」。個人総合で世界一を狙える冨田洋之も、あん馬に強い鹿島丈博も。それは、6人全員が共有する思いだ。

 まずは団体総合決勝で、強豪中国を倒して連覇を果たす。その後、跳馬でも――。この種目でメダルを獲得すれば、日本人では84年ロサンゼルス五輪の具志堅幸司(現・日本男子監督)、森末慎二(同点で2人とも銀)以来となる。(平井隆介)

教えて!北京五輪 powered by OKWave
この記事の話題についてみんなに質問する
質問/回答をみる

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内