平井伯昌さん 北島康介・中村礼子を指導
坂口泰さん 尾方剛・佐藤敦之を指導
司会 萩原智子さん シドニー五輪競泳代表
北島康介
中村礼子
佐藤敦之
尾方剛
8月8日の開幕まで19日であと50日に迫った北京五輪で、期待を集めるのが水泳やマラソンだ。競泳男子平泳ぎで2大会連続の金メダルを狙う北島康介(25)らを指導する東京スイミングセンター・平井伯昌コーチ(45)、男子マラソン代表に尾方剛(35)と佐藤敦之(30)を送る中国電力・坂口泰監督(46)。名伯楽2人が元五輪競泳代表の萩原智子さん(28)の司会で、指導哲学や五輪にかける思いなどを語った。
■坂口・人間力ないと駄目 平井・きつい言葉も必要
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萩原 北京五輪が近づいてきました。大きな試合の前日は選手にどう接しますか。
坂口 一緒にご飯を食べて雑談するぐらい。五輪を狙うような選手は一流だから。
平井 僕らもミーティングはするが、選手にしゃべらせる。すると康介がいいことを言う。若い選手はうんうんとうなずく。康介は日本代表チームの中でも年齢が上なので、最近はリーダー的な面が出てきた。
萩原 どんな選手が伸びるのですか。
平井 へそ曲がりの選手は消えていく。生意気でも実は素直とか、自分にとってプラスになることを聞く選手が伸びる。
坂口 聞く耳を持っていないと。自分1人では出来ないわけだから。
萩原 お二人ともすごく人間形成を大事にする。
平井 技術を教えるだけでは伸びないし、年齢によって注意することが変わる。
坂口 人間性を高めるのが一番。強くなればマスコミにたたかれることもあるし、指導者との信頼関係が揺らぐ時もある。人間力がないと切り抜けられない。
平井 康介に「ばかやろう」とまで言うことはないけれど、そういうことを言わなければいけない時はある。
坂口 選手も言ってほしいと待っている。無視されるのが一番寂しいから。
萩原 転換点になった一言とか行動とかありますか。
坂口 佐藤は、05年のシカゴ、06年のびわ湖と2レース連続で失敗していた。彼は頑張り過ぎて練習で体力を使い切り、本番で走れないことがあった。07年の別府大分の前に中国の昆明合宿へ行き、そこでまたがーっと全力で走るので「それは違うだろう」とやめさせたら、「僕もばかじゃない」と食ってかかってきた。「違う、お前はそこに原因があるんだ」と30分ぐらい言い合いをした。あれから変わったかな。
平井 僕は06年だったかな。アテネ五輪後に康介の調子がよくない時があった。そんな時に康介が誕生会を開いてくれた。酔っぱらっていたのもあって「康介は負けるとやる気がなくなるけれど、コーチもつらいんだ」と言った。次の日から康介が狂ったように頑張り出したね。
萩原 あの時、私も誕生会にいたんですけれど、みんな一瞬、凍りました。
平井 康介には当時、「どうせ、きついのはおれだけ」みたいな感じがあったのでは。康介がプロになり、いい時はみんな寄ってくる。でも、肝心かなめの苦しいことはコーチと一緒じゃないと出来ない。そこをちょっと忘れていたんじゃないかな。
坂口 尾方が山梨学院大2年で箱根駅伝の優勝テープを切った時も、たぶん人がいっぱい寄ってきたと思う。でも走れなくなって故障したら、ストレスから髪の毛がなくなった。寄っていた人がぱっといなくなって、誰も相手にしなくなったんじゃないかなと思う。
■坂口・口論が佐藤を変えた 平井・康介と共に苦しむ
萩原 その時に残るのが指導者。
平井 たぶん周りにきついことを言う人が一人もいなくなるのだろう。
坂口 周りはいいことしか言わないから。僕は間違っていたら間違っていると言う。上辺だけでは信頼関係は絶対に築けない。結局、お互いに信頼できるかどうか。
平井 そう。康介にこういう泳ぎをさせたいなという考えがあり、今年3月初めにビデオを撮ったり、言葉で説明したりして「こういうふうにやってみろ」と言ったら、すごく素直に聞いてくれた。
僕自身に我慢強さがないと駄目かなと思う。特に康介を教え始めてから、成長を見守るという面がすごくあった。今は褒めないと頑張れない選手が増えている。ただ、よくもないのに褒める人がいる。信頼を得るには、選手に対して正直でないといけない。
坂口 指導者もいいところを見たい。都合よく解釈したいことがいっぱいあるけれど、それではいけない。
平井 試合前、背泳ぎの中村礼子に「泳ぎが悪いと思うけれど、どうだ」と聞いたら「悪い」と言った。はっきりと悪いと言ってもらいたい心理がある。
坂口 僕も07年福岡の前に佐藤の走りを見て「おかしいだろう」と言った。「いや、できます」と答えたから「駄目だ、やめておけ」と。そうしたら「実は痛いんです」と明かしてくれた。
萩原 五輪は、指導者にとっても夢であり目標でもあります。
坂口 僕の場合は01年世界選手権から五輪、世界選手権に連続して選手を出していて、世界大会は北京五輪で6大会目。最初は出られると思っていなかったけれど、出たら出ただけじゃ駄目というのがよく分かった。最低でも入賞という目標を達成しないと。でもマラソンはやってみなければ分からないから怖い。それが分かってくるにつれて、余計に怖くなった。
平井 それはある。シドニー五輪の時、僕ももっと簡単に行けると思っていたけれど、だんだん難しいなと感じてきた。でも1回出たら、また出たい。
■坂口・最低でも入賞達成 平井・金取って後へ勢い
萩原 高地トレーニングについては。
坂口 女子マラソンと違い、男子はめざましい結果が出ていない。06年のびわ湖で佐藤が途中棄権した時は昆明の高地では平地よりも走れるぐらいだったのに、帰国したら全然駄目になった。反対に、自分を追い込めない選手が高地練習の後にいい成績を出すことがある。負荷をどのくらいかけるのか練習のやり方が難しいが、やる価値はあると思う。
平井 最終的には平地と同じぐらいの負荷にしないと、平地以上の効果は出ないと思う。高地に行って約3週間で平地と同等の練習ができるが、逆に練習をしすぎると1〜2週間目で疲れてしまう。約6週間やるとすると4週目に練習を上げて、そのままやって平地に下りてくるといいのかなと思う。マラソンでは2カ月やる選手もいるが、水泳ではストレスがかかり、長い合宿に耐えられない。
萩原 少し話題が変わりますが、今のスポーツ界をどう思いますか。
坂口 スポーツ全体のことを言えば、芸能的に扱われる部分が出ているのはどうか。選手も指導者も本当に命をかけてやっているのでギャップを感じる。
平井 僕は今年、早大大学院で学ぶことになって、そこでスポーツ報道という話も出る。芸能人を呼んでテレビ視聴率を稼ぐ手法があるが、現場をもうちょっと掘り下げてほしいなと思う。
萩原 水泳、陸上界については。
平井 水泳は認知度が高くなってきている。持続させるには世界レベルの選手をどんどんつくり上げて盛り上げていかないといけない。陸上はマラソンや駅伝で人気を確立していてうらやましい。
坂口 でも、それも世界で戦えなくなったら地盤沈下を起こす。夢がないところに人は集まらない。頑張った選手が評価されて誇りを持って生きていけるようにしたい。「頑張れ、メダル取れ」と言って、後は「はい、さようなら」というのではだめ。
萩原 北京五輪に向けてお願いします。
平井 「絶対に金メダルを取らなければ」という気持ちはアテネ五輪と一緒。でも今は、いい時があっても悪い時があっても落ち着いて対応できている。競泳は日程的に前半に行われるので、先に頑張ってたすきを渡す感じにしたいです。
坂口 最終日の8月24日にある男子マラソンは、ケニアを中心にアフリカ勢が相当強い。でもマラソンは少しでも何か狂うと走れないし、暑さも予想される。だからベストの状態で臨み、可能性にかけたい。同じ指導者として北島君や中村さんたちがベストの状態でスタート台に立てることを祈っています。(構成・堀川貴弘、由利英明)