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無念アテネ組 塚原「夢」届かず、米田は引退

2008年05月07日15時27分

 塚原の父を追い越す夢はかなわなかった。68年メキシコ五輪からの3大会で計5個の金メダルを手にした父・光男さんを「出場回数で超えたい」と目標を掲げていたが、終盤の鉄棒とゆかで得点が伸びず、7位に後退。あん馬とつり輪を重点強化して狙った種目別ポイントによる出場枠にも及ばなかった。

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鉄棒の演技を終えた塚原直也

 「試合に悔いはない。目標にしていた演技ができなかったことに悔いが残る。それができるまで体操は続きます」と現役続行を明言。「最近の若手は新しい技を簡単に身につけてしまう。彼らがウサギなら、僕はカメ。地道にやるしかない」と続けた。

 アテネ五輪後、体力が求められるルール変更もあり、状況は厳しい。自らを不器用という30歳はもともとオールラウンダー。「得意種目を作ることが永遠のテーマ」と、なお前向きに話した。

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 アテネ五輪団体金メダルの主将・米田は、五輪代表を逃し、現役引退を表明した。「五輪代表に入れず悔しい部分はあるが、自分の中ではすごくいい演技ができた」と大会を振り返った。最後のゆかの演技を終えて「あきらめずに頑張っていく姿を、応援してくれるみなさんに見せようと思っていた。目標は達成できた」と、納得した表情だった。今後については、「指導者になりたい。経験したことをうまく伝えられたら」と新たな目標を語った。

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水鳥「気持ちを整理」 

 岡山・関西高出身で大きな声援を受ける。「期待に応えられなかったのが一番悔しい。(今後については)ゆっくり休んで気持ちの整理をつけたい」

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