全日本選抜体重別選手権の男子100キロ超級で優勝した井上康生=岩崎央撮影
柔道男子100キロ超級の井上康生(綜合警備保障)が、北京五輪の代表選考会を兼ねた全日本選手権(29日=東京・日本武道館、朝日新聞社後援)に臨む。北京切符の獲得は厳しい状況にあるが「最後まであきらめない」。現役生活は今年限りとしている。(柴田真宏)
2月のフランス国際で敗れて北京行きに赤信号がともった井上は、絶望の底にいた。兄智和にメールを送った。「やめたい。これ以上こういう思いをしたくない」
帰国後、父明さんらと食事をしていた時、井上の携帯電話が鳴った。五輪代表争いの先頭を走る棟田康幸(警視庁)が世界王者のリネール(仏)を破り、ドイツ国際で優勝したとの知らせだった。
五輪が絶望的になったと感じたのだろう。ウーロン茶を飲んでいた井上は「私も飲みましょう」と言って、ビールと焼酎を続けてあおった。
翌日は表情に明るさが戻った。「お父さん、やるべきことは一つだよね」。自分らしい柔道を見せるしかない。4月6日の全日本選抜体重別選手権で優勝。涙があふれた。
抜群の技の切れで世界の頂点に立った。99、01、03年と世界選手権100キロ級で3連覇し、00年シドニー五輪同級も制覇した。シドニー以降の三つの世界大会は全試合一本勝ち。技の美しさが、世界中の柔道家を魅了した。
強いだけではない。焼き肉屋に行けば、焼き上がった肉をみんなの皿に配る。会食の場ではハンガーを持って待ち受け、目上の人たちの上着をかけた。母校東海大で指導してきた山下泰裕氏は言う。「王者はみんな癖がある。そういう中で、康生は本当に珍しい」。だが、付け加える。「優しさは勝負ではマイナスに働くことが多い」
井上の柔道が変わったのは、05年に腱(けん)を断裂した右肩を手術してからだ。本人は否定するが、明らかに手術の影響がある。相手の動きを抑えてきた右腕が以前のように使えていない。力に頼るようになり、スランプに陥った。
妻の東原亜希さんが井上を支える。「練習から疲れて帰ってくると、電気がついていて、ご飯が食べられる。ほっとできる環境づくりに努めたい」と1月の結婚会見で語った。引退の日が近いことは分かっている。タレント活動で多忙なため、結婚前の観戦は2回だけだった。「引退してから、もっと行けばよかったと後悔したくない」。結婚後、すべての試合を見守る。
井上は、東海大相模高3年の時に初出場したこの大会を「僕の大舞台の始まり」と言う。今年で11回目の出場。「いろんな思いを持ちながら思い切って戦いたい」
試合前に聴く歌が、2曲ある。TUBEの「傷だらけのhero」は「ボロボロになったって昨日の自分には負けられない」と歌う。もう1曲は湘南乃風の「黄金魂」。「『立ち上がれ、恐れずに前へ』という歌詞が、今の僕の心境を表しています」
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【井上の全日本選手権戦績】96年 2回戦敗退
97年 ベスト8
98年 準優勝
99年 ベスト8
00年 準優勝
01年 優勝
02年 優勝
03年 優勝
04年 準優勝
07年 3位
※05、06年は右肩手術のため欠場