13日から野球の競技が始まる。12年のロンドン五輪では種目から除外されることが決まっており、「最後の五輪」と出場国は力が入る。日本を含めて国家主義的なにおいが立ちこめるなか、一人のアスリートの言葉に救われる思いがした。ダルビッシュ有投手だ。
日の丸の重さについて問うと表情を変えずにこう答えた。
「何回も言いますが、日の丸は僕の中では絵でしかない。何も思わないです」
五輪憲章は「オリンピックは、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と定めている。それでも現実は、国家間のメダル獲得競争の場になろうとしている。中国が開催地だからこそ、その色彩はさらに増していると言えるかもしれない。
選手が国家の重みに押しつぶされて力を出し切れないシーンだけは見たくない。ダルビッシュ投手は日本という国を愛していないわけではない。イランと日本の国籍を選ぶ際、日本を選んでいる。だからこそ、日の丸の重みになど負けず、ボールを言語として野球というスポーツを戦おうとしている。日の丸はただチームの象徴であるだけだ。
「金メダルが欲しいという思いもない。自分のできることをするだけです。笑って終わりたいという気持ちが強い。そうなれば、家族もファンも日本のみなさんも喜んでもらえると思いますから」
自戒もこめて、メダルの数だけを数える五輪にはしたくない。選手とチームは国家など背負ってはいない。アスリートはすべての力を出し切ることにだけ、集中してほしい。その姿に見る人は感動し、勇気をもらう。ダルビッシュ投手の言葉を聞いて、あらためて、その思いが強くなった。(編集委員・西村欣也)