うちむら・こうへい 北九州市生まれ、3歳で長崎・諫早市へ。東京・東洋高3年だった06年に高校選抜、全日本ジュニアで2冠。07年には大学1年で全日本学生選手権を制し、ユニバーシアードでは種目別ゆかで金メダル。日体大2年。160センチ、54キロ。19歳。
心配で仕方ない母・周子さんが、試合会場で何度も「調子はどう?」と聞いた。「うるせーな、さっき言っただろ」。19歳。母親と素直に向き合うのは、まだ照れくさい。
脚力があり、ゆかと跳馬で期待を集めた。ところが、5月の国内最終選考会では平行棒や鉄棒でも点数を伸ばして冨田洋之(セントラルスポーツ)に次ぐ総合2位に。「平行棒は技をたくさん入れられるので、自分の中では得意なんです」。ゆかと跳馬のスペシャリスト――というイメージを打ち破った。
「10年に1人の逸材」(塚原光男・北京五輪強化委員長)、「体をひねる技術は世界トップレベル」(具志堅幸司・日本男子監督)。評価は高まる一方だ。
体操選手だった両親が長崎県諫早市で開いたスポーツクラブで、3歳の時から遊んでいた。父・和久さんは、全国高校総体のゆかと跳馬のチャンピオン。だが最初は父のようにはいかなかった。「バク転(後転跳び)を覚えるのも、僕が同級生の中で一番遅かった」
高校進学時に親元を離れて上京した。名門・朝日生命の門をたたき、塚原直也を仰ぎ見ながら同じ体育館で技を覚えた。
練習はきつく、何度もくじけそうになった。そんな時は、塚原や冨田がアテネ五輪で金メダルを取ったビデオを見て、自分を奮い立たせた。「嫌な思い出ばかりだけど、今の僕があるのはあの3年間のおかげ」。親譲りの素質が開花した。
5月の天津国際では、ゆかで優勝。強豪・中国勢の中で一番ゆかが得意な鄒凱にも勝った。「五輪本番もいけそうです」
伸び盛りで怖いもの知らず。エース冨田とともに、団体総合連覇を狙う日本の軸になる。(平井隆介)