えらい剣幕でいきなり怒鳴られた。「おいこら! そっちに行くな!」――通訳の言葉を待たずとも、案内の若者の身ぶり手ぶりとおっかない顔つきに、思わず身を縮めてしまった。
3月4日。夕暮れ時のハルビン。氷結した松花江の対岸にある『氷雪大世界(氷祭り)』の会場である。
華やかにライトアップされた氷像が広大な会場を埋め尽くす『氷雪大世界』は、いわば氷のテーマパーク。毎年約80万人の観光客が訪れるという、中国東北地方を代表する冬の一大イベントである。
今年の目玉は当然ながら北京五輪に関連する氷像なのだが……じつは、前日で開催期間は終了していた。「3月に入っても氷が溶け始めるまでやっているから」という現地の話に望みを託して訪れたものの、タッチの差で間に合わなかったわけだ。
閑散とした会場入り口前で半ば途方に暮れてたたずんでいたら、事務所から1人の若者が出てきた。彼の姿を見た瞬間、ケンもホロロに追い払われるのを覚悟した。ところが、若者は「ついて来い」という手ぶりで会場に向かって歩きだした。せっかく来たんだから見せてやるよ、と。
こちらの「謝謝(ありがとう)」にも笑顔はいっさいなし。どこかピリピリした物腰で、僕がメモを取るためにちょっと氷像に近寄っただけで「こら!」の連発である。
だが、やがてその理由がわかった。氷が溶けかけているので、万が一、頭上に氷が落ちてきたら危ないから――。
彼の心配は、僕の身を案じるというより、事故が起きたら自分の責任になるから、ということだったのかもしれない。それでも、胸がほんのりと温まった。氷像の五輪マスコット『福娃(フーワー)』の姿は、氷が溶けて少々バランスがくずれてはいたものの、それもまた味わい深さに思えてきた。
……という小さな出来事を、僕はいま、複雑な思いで振り返っている。チベット問題である。ギョーザの農薬混入問題である。
溶けて形のくずれた氷像を見せてくれたハルビンの若者は、別れぎわの僕の「謝謝」には少しだけ笑い返した。その笑顔を中国という「国」に重ねて――「主張」ではなく「事実」を納得のいく形で見せてくれる状況になって、五輪が気持ちよく開催されることを、信じたいと思い、信じさせてくれ、とも思うのだ。