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日本のエース

冨田洋之 勝ちたいと思うのは、あまり意味がない

2008年01月19日

体操男子、アテネ団体総合金(27歳)

 求道者という言葉がぴったりくる。

写真「北京のために演技しているわけじゃない」

 目標は常に一つ。

 「失敗せず、自分の納得のいく演技をすること」

 だから、勝ち負けにすら興味がないという。

 「それは審判が決めること。勝ちたいと思って演技するのは、あまり意味がない気がします」

 理解はできる。だが、あまりに素っ気ない。調子が上がってこない自分に対するいら立ちのようにも聞こえる。

 07年は最悪のシーズンだった。

 9月、世界選手権の団体総合決勝。エースとして4種目に出場、日本に銀メダルをもたらした。だが、4大会連続メダルがかかった翌日の個人総合決勝ではあん馬、鉄棒で落下。「情けない。何も考えられない」。同学年の水鳥寿思(徳洲会)が銅メダルを掲げるのを横目に、12位に沈んだ。初めての挫折だった。

 あれから4カ月。静かに振り返る。「団体戦で良かったこと自体がおかしかった。本当はうまくいくほど仕上がっていなかった」

 肩、ひざ、腰、そしてひじ。体のどこかに常に痛みを抱える。06年からの新採点方式が、不振に拍車をかけた。「10点満点」が廃止され、演技価値点(難度点)は青天井に。難しい技をふんだんに盛り込まないと、勝つのが難しくなった。

 「学生のころに比べると、さすがに疲れは取れにくくなった」。27歳。かつての世界王者は苦悩している。

 それでも、首脳陣の期待は変わらない。「日本の軸はあくまで冨田」(具志堅幸司・日本男子監督)。惨敗だったにもかかわらず、世界選手権では「最も美しい体操をした選手」に贈られる賞を手にした。ぶれない体線、つま先まで伸びた足。世界が認めている。

 失意の世界選手権から1カ月。10月の全日本では圧倒的な強さで個人総合4連覇を達成した。

 多くは語らない。

 「北京のために演技しているわけじゃないし、ライバルもいない。自分自身がどういう練習をしていくべきかを考えるだけです」

 自分の最高の演技を世界に見せる。結果が何位であろうと、それは関心の外だという。

冨田の略歴

80年11月 大阪で生まれる。約2800グラム
89年ごろ  母喜代子さんの勧めで体操を始める。池谷幸雄さんらが輩出したマック体操クラブ(大阪市)へ
96年 京都・洛南高に進学
97年 高校総体で個人総合優勝
98年 総体2連覇
99年 順大に進む
01年 全日本選手権を初制覇
03年 順大大学院に進学、セントラルスポーツに所属。世界選手権で個人総合3位
04年 アテネ五輪。日本のエース格として、28年ぶりの団体総合優勝に導く。個人では種目別平行棒で銀メダル
05年 世界選手権で、日本人では31年ぶりとなる個人総合優勝
06年 世界選手権、個人総合2位
07年 全日本選手権で4連覇を達成

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