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VOICE OF ATHLETE

きっと、つかむこの夢を 北京五輪まで1年

2007年08月03日

 4年に1度の祭典に、アスリートはもてる力のすべてを燃焼させる。柔道の谷亮子(トヨタ自動車)は五輪3連覇を、水泳の北島康介(日本コカ・コーラ)は2連覇を目指す。卓球の福原愛(ANA)は2度目の五輪出場に意欲を燃やし、バドミントンの小椋久美子、潮田玲子組(三洋電機)は初の舞台へ思いをはせる。それぞれの北京五輪を語ってもらった。

写真卓球会場となる北京大体育館=北京市内で、中田徹撮影
写真柔道会場となる北京科技大体育館=北京市内で、中田徹撮影
写真泡をイメージしたフッ素樹脂フィルムで覆われた「水立方」(ウオーターキューブ)と呼ばれる国家水泳センター=北京市内で、中田徹撮影

○4年分の悔しさをぶつける バドミントンの潮田玲子・小椋久美子

 小椋、潮田 今、私たちは北京五輪出場をかけて海外の大会を転戦しています。戦いは5月に始まったばかり。来年4月末まで続きます。

 小椋 私が五輪を意識するようになったのは、レイちゃん(潮田)とダブルスを組んでからです。別々の高校だったのですが、8年前、ともに高校1年の時の全日本ジュニアの合宿で初めてダブルスを組まされました。でもフィーリングが合って、違和感がなくて、初めて組んだ感じがしませんでした。それが驚きで。翌年には周りから「北京狙えるんじゃないの」って言われて、五輪ってどんなだろうと思うようになりました。

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 潮田 それまではダブルスに興味がなかったけど先輩に勝ったり、国際大会に出られたりするのが面白くて。卒業後の進路を決める時に「一緒にできたらいいね」って話をしていて、2人で三洋電機に就職しました。

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 小椋 でも本当に五輪に出たい、と思うようになったのは04年のアテネ五輪に出られなかった時からです。あの時は私がけがをして、五輪レースを途中で断念せざるを得なかった。ダブルスだから余計に悔しくて。あれから、突っ走ってきました。今回は4年分の思いをかけた挑戦です。

 潮田 オグッチ(小椋)がけがをして駄目だったというわけではありません。あのころはまだ私自身、五輪というものが漠然としたものでした。でも、中途半端な形で五輪レースを断念したときに、私も初めて五輪に出たいんだと気づきました。4年前はぼんやりとした夢だったけど、今は目標というよりは絶対にかなえたいものなんです。

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 おぐら・くみこ(右) 三重県出身。三洋電機所属。24歳。

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 しおた・れいこ(左) 福岡県出身。三洋電機所属。23歳。06年アジア大会ダブルスで銅メダル。

○コーチのため、もう1回「金」 水泳・北島康介

 平井伯昌(のりまさ)コーチは、僕にとってコーチというより先生かな。中学3年から何年もかかって、金メダルを取らせてくれた。そう考えたら「大切なパートナー」とか「信頼できる関係です」という言い方では軽すぎる。僕とコーチの関係は言葉で言い表せないと思う。

 二人三脚とも違うんです。トレーナーさんやいろんな人が協力してくれているし、平井コーチは背泳ぎの中村礼子さんら他の選手も教えている。それでもアテネ五輪の時には、みんなの前で「康介に金メダルを一番最初に取らせたい」と言ってくれた。僕を一番に考えてくれていた。

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 僕も以前は「何でこんなむちゃな練習させるんだよ」と思ったんです。でも、この練習をしないと結果が出ないなどと、僕が自分で答えを出すようにしてくれた。心の方でも僕を成長させてくれました。

 昨年と今年、平井コーチの誕生日会をやりました。選手側がコーチを喜ばせてあげるというのも、試合以外ではあまりなかったので。楽しかったですね。こういう関係が生まれてきたのは、平井コーチが僕をずっと長く見てくれたからだと思う。

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 今は、コーチにもう1回金メダルを取らせてあげたい。僕がつらい時は平井コーチもつらい。以前は感じられなかったことを、僕も感じられるようになった。だから、北京五輪はいろんな意味でアテネ五輪とは別ものの大会なんです。

 やると決めた以上、北京五輪は僕を応援してくれる人のためにも、自分のためにも大事な大会になる。みんなで国歌を歌えたらいいな、と思うんです。

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 きたじま・こうすけ 東京都出身。日本コカ・コーラ所属。練習拠点は東京スイミングセンター。アテネ五輪男子平泳ぎ2冠。24歳。

○5度目めざし進化し続ける 柔道・谷亮子

 五輪初出場は92年のバルセロナ。来年の北京は代表になると5度目になります。五輪が開催される4年という間隔は、自分の中でちょうどいい。必然的にやってくる「さあ、やるぞ」という躍動の年になります。

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 周囲に支えられてきた柔道人生です。中でも五輪は、いつもたくさんの応援とサポートしてくれる方々の協力を得て、力いっぱいの輝きを放つ大舞台です。

 「谷でも金」だったアテネは主人がいました。今度は子を授かった。また、新しい喜びを感じています。

 柔道にも子育てにも最高の環境が整った今、いろんな体験から得たたくさんの情報を多くの人と交換しながら、わずかでも女性アスリートの環境の向上につながるメッセージを贈れたら、と思います。

 地元の福岡を中心に練習してきましたが、プロ野球選手の主人がオリックスから巨人に移籍したこともあり、母校・帝京大を「東京での拠点」として活動を始めることになりました。

 監督は、7歳の時に東福岡柔道教室で初めて柔道を習った稲田明先生です。先月のけいこは、私が理想としているあの頃を思い出させてくれました。

 最初から最後まで足を止めずに、左右、どんな技でもかける。体重20キロの女の子が100キロ近い男子に向かっていく「勇気」を持っていたあの頃を。

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 北京での「ママでも金」を達成するために、「進化」のスピードを今まで以上にアップし、皆さんの大きな声援に包まれてさらに輝き、成長し続ける選手でいたいと思います。

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 たに・りょうこ 福岡県出身。トヨタ自動車所属。48キロ級で00年、04年五輪連覇。夫は巨人の谷佳知外野手。05年末に長男を出産。31歳。

○出るだけでは終わらせない 卓球・福原愛

 秋田・稲住温泉の練習場(湯沢市)にいます。中国人コーチや両親と約3週間の山ごもり合宿です。5月の世界選手権(クロアチア)ではシングルスで3回戦で負けてしまいました。残念な結果に終わり、課題がたくさん見つかりました。一番はフットワーク。秋田では毎日、山の中を走っています。

 これまでは実戦練習に多くの時間を割いていました。この合宿はもう一度、基礎体力をつけるのが目的。筋トレもやります。これだけまとまった練習時間が取れるのは、高3のとき以来です。

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 春に大学生になりました。入学する前は期待もあったけど、いまは結構不安もあります。元々勉強は好きで、やり始めるとのめり込んじゃうタイプ。ただ、今はその時間がなかなか取れないのが悩みです。試合や合宿などで1カ月の半分は海外にいる生活が続いていますので。でも、自分の出来ることを精いっぱいやりたいです。

 高校1年生のとき、アテネ五輪に出場しました。あんなに勝ちたいと思った大会はありません。「ここで負けたら4年後までないんだ」と思うと、独特のプレッシャーがありました。

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 北京五輪へ出場するための、初めの選考は来年1月の世界ランクで上位20人に入ることです。今年の目標はランキングを維持して、初めの選考で出場権を得ること。そのため、秋からもプロツアーなどの大会を転戦する予定です。

 アテネの時はベスト16という成績に満足していた気がします。そういう気持ちだと本当に出るだけで終わってしまう。北京に出場することが出来たら、前回の反省を生かしたいと思っています。

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 ふくはら・あい 宮城県出身。ANA所属。アテネ五輪はシングルス16強。この春、早大に進学。世界ランクは日本選手トップの12位。18歳。

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