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「四球の後の初球を狙え」。そんなセオリー通りの決勝打だった。松商学園は8回の2死後、二村が四球を選んだ。続く花岡は、初球の直球を狙いすまして左越えに二塁打。二村を本塁に迎え入れた。毎回のように走者を出していた愛工大名電の鈴木は、簡単に2死を取って緊張感が緩んだのか。気を取り直した花岡への1球目も、真ん中高めへ甘く入った。
松商学園は1回に上田の右越え二塁打などで2点。愛工大名電もその裏、深谷の右本塁打などで追いついた。愛工大名電は、足を使うなど揺さぶる攻撃を何度も見せたが、打線のつながりが悪く決定打を欠いた。
◆焦り…無念の4番
前日のミーティングで松商学園・上田の配球を「カーブの次は直球」と教えられた愛工大名電の4番三井。しかし、第1打席ではカーブを連投され「球に目がついていかない」と焦った。この動揺がそのまま連続三振につながり、3打席目は交代させられた。「今の力ではチームの足を引っ張るだけだった。でも、もう1打席打ちたかった」〈1991年3月29日夕刊〉
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◆名電、再度の同点劇は夢
派手な打ち合いでスタート。すかさず追いつく。1点をめぐる攻防が続いた。しかし、2度目の同点劇はなかった。阪神甲子園球場で開かれている第63回選抜高校野球大会の3日目、29日の第1試合、愛工大名電は松商学園(長野)と対戦、2―3で敗れ、甲子園から姿を消した。選手たちには、信じられない敗北だった。
鈴木投手には、悔やんでも悔やみ切れない1球だった。同点で迎えた8回、簡単に2死を取った後、6番二村に四球を与えてしまった。この試合でまだ2つ目の四球だったが、味方打線の援護がないまま、苦しい投球を続ける鈴木。「次打者を早く片付けたい」。そんな思いが、ちらっと頭をかすめた。
7番花岡への初球は、ストライクを取りにいった真ん中の直球。それまで、1三振を含め、当たりのなかった花岡に対して、警戒心はなかった。その甘い球を、花岡は見逃さず、打球は左翼手の頭上を越えた。「調子は悪くなかった」という鈴木。野球の怖さを思い知らされた1球だった。
1回表、鈴木の立ち上がりを攻められ、いきなり2点を先制された名電だが、その裏、深谷の先頭打者本塁打などで同点。この大会の出場校中で、チーム打率は4割3分1厘と1位の松商学園に対し、名電は互角の攻撃力を見せた。
試合を終わってみれば、松商10安打、名電9安打という数字がそれを証明している。しかし、名電はたびたびの好機にバントを失敗したり、お家芸のヒット・エンド・ランを試みれば、凡フライを打ち上げ、最後まで上田投手を攻め切れなかった。
試合後、中村監督は「チームがこじんまりとしてしまった」と反省を語った。大事な場面でこそ、中村監督が掲げる伸び伸び野球を発揮できるチームに育てたい。それを夏までの課題に、名電は甲子園を去った。
●主導権握れず悔い 愛工大名電・中村豪監督の話
すぐ同点に追いつき、うちのペースになりかけたのに、悔いが残る。上田投手のカーブを打ちにいったが、ボール球を振ってしまった。バントの失敗も痛い。試合の大事な場面に対応する力をつけることが、夏までの課題です。
●ムード良かったが 名電・深谷篤主将の話
1回に2点を返し、このままいけると思った。チームのムードは良かった。だが、上田君のワンバウンドするようなカーブを、打たされてしまった。どうしても、この試合に勝って、天理と対戦し、夏の雪辱を果たしたかったのに。
●選手がよく耐えた 松商学園・中原英孝監督の話
久しぶりの甲子園での試合を楽しませてもらった。試合前は打ち合いになると思っていたが、中盤の好機に決定打が出ずイライラしていた。我慢比べとなったが、選手はよく耐えてくれた。
●最後まで冷や冷や 松商学園・辻利行主将の話
まず1つ勝とうという気持ちで試合に臨んだ。最後まで冷や冷やしていたが、勝ててうれしい。試合中も観衆は気にならず、自分たちのプレーができた。〈1991年3月30日付愛知版〉
〈その後のイチロー(鈴木一朗)選手〉
92年、愛工大名電高からドラフト4位でオリックスに入団。一軍に定着した94年から、7年連続で首位打者を獲得。94年のシーズン210安打は日本記録。打点王、盗塁王各1回。00年、ポスティングシステムで米大リーグ・マリナーズ入団。01年には.350で首位打者を獲得したほか、盗塁王、新人王、ア・リーグMVPにも輝く活躍を見せた。
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