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天理(奈良)、松山商(愛媛)に続いて鹿児島商(鹿児島)、浦和学院(埼玉)がベスト4に――。第68回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)第12日は19日、阪神甲子園球場で準々決勝が行われ、20日の準決勝は鹿児島商―天理、松山商―浦和学院の対戦となった。(中略)第3試合は、鹿児島商が同点の8回、補逸で勝ち越し、中原が9回1死二、三塁のピンチをかわし、粘る東洋大姫路(兵庫)を振り切った。鹿児島商の「四強」入りは初めて。鹿児島県勢としても、56回大会の鹿児島実以来。
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中原、長谷川の好投で緊迫した展開した展開となった。ともにシュート、カーブを内、外角に丁寧に投げ、打者のねらいを外した。
こうした状態の時、怖いのは1つのミスプレー。攻守の東洋大姫路にそれが出た。8回、鹿児島商は2死二塁で、打者宮園への2球目を捕手がそらし、バックネットまで転がる間に、二塁から徳永賢が一気に生還し、均衡を破った。9回には2死三塁で、中原がカーブに泳ぎながら中前に適時打して加点した。中原は立ち上がり早々と1点を失ったが、2回以降、粘り強い投球をした。バックも再三の攻守でもり立て、接戦を守り抜いた。
姫路に惜しまれるのが9回。岡本、山本が流し打ち、さらに盗塁で揺さぶり、一打同点機をつかんだが、山口二ゴロアウトのあと、二塁走者が焦って飛び出し、併殺されたのが痛い。
●打線の力 足りず
東洋大姫路・梅谷監督 中盤までは、うちのペースだと思った。投手交代は遅れていないと思う。センター返しをねらったが非力で、打線が弱すぎた。
●球は転々…見た「いける」
鹿児島商が読みの深い攻守を見せた。攻めの方は8回。2死二塁で打者・宮園への2球目を捕手が大きくうしろへそらした場面だ。これを見た二塁走者の徳永賢が三塁を回って一気に本塁をついて間一髪セーフ。貴重な勝ち越し点をあげた。好走の陰には、徳永賢の的確な判断があった。「審判の足に当たったのでしょう。転がっていくコースが三塁寄りに変わったのが分かった。捕手が球の行方を見失ったので「いける!」と思ったんです。捕手の動きと自分の足を瞬時にハカリにかけてGOのサインを自ら命じたのだ。
さらに見事だったのは、9回の守り。2点差で1死一、三塁のピンチに立った。鹿児島商はなんのためらいもなく深めの守備体形をとって、併殺狙いに出る。が、一塁走者がすぐ二盗して二、三塁。大方のチームならこんな大ピンチになると前進守備をとるところ。ところが、鹿商は「少しでも深く守ってアウト数を増やそう」と、布陣を変えなかった。次打者、山口の一打は二塁手の左へ高いバウンドで転がる。素早く補った池田は、二塁走者の大きな離塁を知っていながら一塁へ。そして一塁手に「二塁へ投げろ」と声をかける。球は一―遊と転送されて、飛び出していた走者をタッチアウト。試合終了となった。
ベンチの指示で深く守ったのか?の問いに、池田、川畑の二遊間コンビは「いや、自分たちの判断です。最悪の場合でも同点にしかならないケースでしたから」とはっきりと答えた。そして、池田は「もし、前進守備をとっていたら、山口君のゴロは抜けていたかもしれません」と誇らしげに説明した。
今春の選抜大会で鹿商は、1回戦の広島工に0―8と大敗している。池田も、川畑も手痛いエラーに泣いている。それ以来、塩瀬監督は「お前たちで考えろ。そして思い切って挑戦してみろ」と、基本だけをたたき込んだ、という。「私はベンチで大声を出すだけですよ」。同監督は豪快に笑った。
●もっと投げたかった
東洋大姫路・長谷川は、負けたチームの投手とは思えない落ち着いた表情だった。これまで一番調子がよく、球も走っていたそうで「鹿商打線は怖くなかったし、延長でも投げられる気力も体力もあった」。それだけに「あと1、2試合は投げたかった」。〈1986年8月20日付朝刊〉
〈その後の長谷川滋利選手〉
兵庫・東洋大姫路高から立命館大を経て、90年秋のドラフト1位でオリックス入団。91年に12勝9敗1セーブで新人王を獲得。97年に金銭トレードによる移籍で米大リーグ・エンゼルス入団。02年にマリナーズと契約。03年にはオールスター戦に初出場するなど、リーグを代表する中継ぎ投手として真価を発揮している。
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