選手がすべて戦後生まれになった。2270校が激しく競り合い、春の選抜優勝校も南四国大会で姿を消していた。代表30校のうち初出場は11校。前年優勝の明星を始め、高知、広陵、海南など西日本勢に有力チームが目立った。開会式に続く第1試合が0―0のまま延長18回にもつれこみ、引き分け再試合に。決勝は代表4回目の高知と初陣の早鞆の間で争われ、土佐路に初めて大優勝旗が輝いた。4番打者の有藤道世投手が初戦で死球を受けて入院、2回戦でも死球で主将を欠く。以後の試合をいわば「飛車角落ち」で戦い抜いての栄冠だった。