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ここから本文エリア 全国中等野球大会1928年8月12日〜8月22日 出場:22チーム
甲子園大会の人気は過熱気味に高まり、文字通り「夏の祭典」となった。朝日新聞では速報板プレヨグラフと電信電話による速報に一段と力を入れ、ラジオ放送も大阪だけでなく、東京、名古屋、広島、京城(現ソウル)の各局が実況放送を中継し始めた。出場選手は補欠含めを1チーム14人以内に制限された。旅費がかさむ遠隔地のチームが人数や経済面で不利にならないよう配慮した。代表22校チームのうち初出場はわずか3チーム。松本商が出場5回目で念願を果たした。高松商は準決勝6回の反撃機に降雨コールドで涙をのんだが、その宣告に不満を伝えなかったことで、大観衆から同情の拍手を浴びた。
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