同点に追いついた3回、1死満塁で打席が回ってきた。2球目。真ん中のまっすぐを振り抜いた。「センター返しを意識した」が、引っ張り気味になった打球は左前に抜けた。三塁走者に続き二塁走者も生還。勝ち越し打になった。一塁を駆け抜けると、観客席に向かって拳を突き上げた。
母親のスーザンさん(44)は豪州出身。兄のエリックさん(20)はテレビ出演もしているタレント。甲子園出場が決まると、マスコミの取材は家族の話題に集中した。しかし、選手やコーチは「最も練習してきた苦労人」と評価する。
函南町の中学校で主将として野球部を県3位に導き、静清工から入学を誘われた。が、野球の技術を買われたわけではなかった。チームをまとめ上げた「元気さ」が目を引いたからだった。「レギュラーは保証できない」とさえ言われた。
「とにかく野球ができれば」と入部したが、元気さだけでは、当時30人近い新入部員の中で居場所がないことはすぐわかった。「守れれば使ってもらえる」。ひたすらノックを受け続ける日々が続いた。
課題の送球が安定し、今春の県大会で右翼手の定位置を獲得した。しかし、打撃は不調だった。大会中、2年生の佐野彰宏君と打撃マシンを相手に夕方から深夜まで6時間打ち込んだ。球は17箱分・2千球を超えた。
「当てるだけの地味な安打でもいい」。こんな思いで臨んだ夏の大会の打率は4割以上だった。
「努力でここまではい上がってきた」と金城成久監督がたたえると、又平君はこういった。「やってきたことが間違ってなかったと自分で証明できた」。すがすがしい笑顔だった。