都城泉ケ丘、初の甲子園 「百年の夢」実る
2007年01月27日
学校創立以来の「百年の夢」。都城市の都城泉ケ丘高校が26日、その甲子園出場をついに果たした。鳥インフルエンザなど暗い話題が続いた県内にとっても、待ちに待った吉報だ。「21世紀枠」での決定に沸き返る地元には、涙を流して喜ぶ卒業生の姿も。花火の音が市街地に響きわたり、21世紀の選手たちがもたらした初の「快挙」に酔いしれた。
午後3時。下高原信義校長(56)あてに電話がかかり、出場決定が伝えられたのはまだ授業時間中だった。しかし、決定を聞いた職員が中庭に出て両手でマルを作ると生徒たちは窓から身を乗り出して歓声を上げた。授業が終わる午後3時10分には、野球部OBが準備していた祝福の花火が打ち上がった。
校長室で電話のやり取りを見守っていた野球部の元マネジャーで、同部OB会「泉球会」の事務も務める広池直美さん(33)は「100年以上の思いがこもった甲子園出場。うそみたい。幸せです」と涙をタオルでぬぐいながら声を絞り出した。
泉球会の小久保健太会長(67)は「我々が果たせなかった夢を、生きているうちにかなえてくれた。甲子園では今まで通りきっちり守ってほしい」と話した。
原口竜二選手(1年)の同級生の南崎亮佑さん(16)は「とってもうれしい。上位に食い込めるよういい試合をしてほしい」。蔵屋光崇さん(16)は「泉ケ丘生として全国で恥じない試合をしてほしい」と話した。
部員たちは午後3時半、校庭の練習場に集まった。校長は「21世紀枠に決まった。おめでとう。出るからには勝たないかん」と、さっそく檄(げき)を飛ばした。森山三幹男主将(2年)が「切符をつかめてうれしいが、これからが勝負。みんなで頑張るぞ」と号令をかけると、部員は「しゃ!」と喜びを爆発させた。
アーチェリーでアトランタ五輪に出場した沖本絹枝さん(34)は91年の卒業生。テレビを見た実家の父から電話を受けて出場を知った。「大きな舞台では自分のプレーができる人が強い。最後まで気を抜かずに頑張って」と期待を込めた。
○くす玉・花火で祝う 市役所
市役所にも知らせが届くと、職員の間に拍手がわき起こった。市内で甲子園出場を果たしたのは、99年夏に3回戦まで進んだ都城以来となる。別室で新年度予算の査定中だった都城泉ケ丘OBの長峯誠市長(37)らへの連絡や市民からの問い合わせ応答に追われた。
吉報は放送で館内に流され、庁舎前には100人以上が詰めかけた。玄関前に「おめでとう 都城泉ケ丘高校 甲子園初出場」と書いた紙を張り、長峯市長と同高出身の市職員でつくる白水会(339人)会長の七牟礼純一総務部長(60)がくす玉を割った。出場を祝う花火も上がった。
長峯市長は「創部100年を超えるチームの初出場が『21世紀枠』で決まったのは意義深い。ぜひ応援にいく。はつらつとしたさわやかなプレーを期待している」と満面の笑みを浮かべた。
会員約2万9千人を擁する同校校友会「義友会」の会長で歯科医師の曽我恒夫さん(64)は「心配だったが、いざ決まってみれば当然だとも思える。とにかく100年越しの夢が実現した。同級生や同窓生などで大挙して応援に駆けつける。まずは出場を決めた祝いの美酒に酔いたい」と話した。
○「野球楽しんで」後輩にエール OBの東国原知事
就任わずか3日後の母校の快挙に、東国原英夫知事は「大舞台ですから、リラックスして、あの雰囲気、野球自体を楽しんでほしい」と後輩にエールを送った。
昨年末、知事はジョギングついでに母校を訪れた。野球部が練習をしているグラウンドに顔を出すと、選手たちは直立不動で帽子を取ってあいさつした。「礼儀正しさとグラウンドの様子を見て強いのが分かった」と振り返る。
「都城泉ケ丘の教えは文武両道。(私は)人生の一部で忠実に守らなかったこともあったが、今は実践している」と笑い、慣れない公務の疲れも吹き飛んだ様子だった。
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