9回2死満塁。埼玉大会の決勝と同じだ。「打ってくれ」。三塁走者の渡辺睦(あつし)右翼手(3年)は祈るような気持ちで打者を見た。低く構え、リードを取る。だが、打者のバットは空を切った。
渡辺選手は汗をぬぐいながら整列した。笑顔だった。
昨秋、レギュラーの座をつかんだが、「監督から怒られる数はチーム一」だった。プレー中、怒られるとふてくされ、エラーをすると下を向いた。「やる気があるのか」と週に4、5回は怒られた。
主軸を担ったが、平均打率は2割前半。5月の関東大会の甲府工戦では3打数3三振だった。
次の日、グラウンドのホワイトボードを見ると、自分の名前が「6軍」に書かれていた。
見捨てられた――。1週間は何もする気がおきず、午後7時半に練習が終わった後は、寮で寝て過ごした。「怒られなくなったら終わりだぞ」。いつも監督から言われていた言葉を思い出した。
「人に見られるのが恥ずかしいから」と、真っ暗な校庭を1人で走った。100メートル、50メートルダッシュを何十本も繰り返した。その後、寮の前の石碑に自分の姿を映しながら、毎日500本以上素振りをした。
1週間に1軍ずつあげ、埼玉大会前にレギュラーに戻った。本多監督は「レギュラーからはずれて、自分で考えてほしかった」と振り返る。
「自分は、はい上がってきた」。自信を胸に、埼玉大会ではチームでトップの打率をはじき出した。
甲子園でも「今まで通りやれば絶対打てる」と信じ、打席に立った。この日は3安打。7回には1死三塁で左前へ同点打を放ち、小さいが力強くガッツポーズをした。
「怒り続けてくれた監督に感謝している。最高の3年間でした」。試合後、満足そうにそう話した。