初戦突破ならず――。第87回全国高校野球選手権に大分代表として出場した別府青山は7日、東北(宮城)に2―7で敗れた。甲子園常連の強豪相手に一丸となって挑んだ初出場の別府青山。あこがれの阪神甲子園球場のマウンドに先発として立ったエース米村は、全力投球で強力打線に立ち向かった。試合後、「今までやってきたことが何度も頭をよぎった」と振り返った。
■主戦、悔しさを後輩に託す
6回、米村は先頭の加藤政に、2球目を中越え三塁打された。打たれた球は外角にはずした直球。「まさかあれを打たれるとは」。全国のレベルの高さに驚いた。
ここで中山監督から交代が告げられた。「まだ投げられるのに」。頭の中が真っ白になった。
身長174センチ、体重66キロ。投手として恵まれた体格ではない。しかし、人一倍努力して、エースナンバーを勝ち取った。
投手として大きく成長したきっかけが、冬場の走り込み。昨年11月末から学校のグラウンドで毎日20キロを走った。
朝に10周、全体練習終了後の夜に35周。一人で黙々とやり続けた。「あまりにも寂しくて苦しくて何度か辞めようと思った」と言う。
しかし、12月後半になると、夜、自分が走る横で選手が素振りを始めた。日がたつに連れ、ティーバッティングする選手、キャッチボールする選手……。次々と増え始めた。「みんながいれば、がんばれる」。そう思うと、走るのも苦ではなくなった。走り込みは今年2月まで続けた。
気づけば、球威が増していた。下半身のぶれもなくなり、投手として大きな自信を持った。大分大会でも決勝で完封するなど活躍した。
この試合でも、1回と5回に1点ずつ奪われたが、決して調子が悪いわけではなかった。変化球のきれもよく、外角いっぱいを使いスライダーで三振も取った。それだけに、途中降板は悔しかった。「完投する気でしたから」
後輩の2年、左腕の大山にマウンドを譲る際、「がんばってこいよ」とひと声かけた。自分は、逆転を信じてベンチに戻った。
0―5で迎えた8回、打線がようやくつながった。
下郡と原田の連続二塁打で1死二、三塁とし、4番の脇。打席に入る前、米村は伝令で脇の元へ行った。「力いっぱい振って、悔いの残らないようにな」。脇は、東北のエース高山の高めの直球を右中間にはじき返し、2者を迎え入れた。米村は「逆転できる」と思った。
だが、力及ばなかった。試合終了後、米村は言った。「悔しい。自分がもっと投げられれば。大山ら後輩たちには来年の夏にまた出て、僕たちの借りを返してほしい」