|
ここから本文エリア 総合ニュース 細かった子たち、たくましく準優勝 センバツの聖望学園2008年04月05日 0―9で試合終了。4日、春の甲子園決勝で敗れた聖望学園(埼玉)の選手たちは、真っ赤な顔で唇をかんだ。だが準優勝旗を手にすると、自然に笑顔がこぼれた。中学時代は無名の、地元出身の生徒がほとんどのチーム。初めての選抜では「まず1勝」が目標だった。「おれたちここまで来たんだ」。自分たちの成長を感じた春になった。
埼玉県西部の飯能市に学校はある。下宿住まいは4人だけ。強豪校と違い専用寮もない。部員56人のほとんどは、県西部と近隣の東京・多摩地区の自宅から電車で通う。 入部には条件がある。聖望が第一希望であることだ。表隆則部長(46)は言う。「強豪校を志望しながら仕方なく来る子は、プライドが邪魔することが多い。チームもまとまりにくい」 自然と、学校をよく知る近くの生徒ばかりが集まった。「体も細くて、下手な子ばかりだった。それが甲子園で決勝まで来るとは。一丸となって、本当によく伸びた」 地域の野球を下支えする少年チームの存在も大きい。多摩地区の瑞穂町にある瑞穂シニアもその一つ。総監督の小林貞利さん(71)はこの日、ネット裏からかつての教え子たちを見守った。 「みんな大きくなった。地域に受け皿があるから、安心して子どもを送り出せる」 エース大塚椋司君と捕手の原茂走君も教え子だ。小学1年からバッテリーを組み、11年。原茂君はこの日、大塚君の投球をひと目見た途端に連投の疲れを感じとった。 だが、甲子園で大きな収穫も得た。2回戦。ピンチで大塚君の投球の間合いが変わり、わずかに投げ急いでいた。捕球後の返球に一呼吸入れると、球筋が戻った。3回戦、準決勝も同じだった。「この『間』が勝負を分ける。新しいことを覚えました」 二塁手の高山拓海君も中学時代からの仲間。決勝戦では序盤に打ち込まれた大塚君を、大声で元気づけた。「あいつは昔から気分屋だから」 それでも、甲子園に来てから顔つきが変わったのがわかった。「自分の心をコントロールしている。今日みたいな試合でも、気持ちは切れなかった。あいつも僕も」 試合後の選手たちの笑顔は、ひとまわり大きくなった自分たちへの自信の表れに見えた。(小山謙太郎) |