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最後の夏 身長のハンディ克服 つかんだ背番号4

2008年06月18日

 128センチという低身長の不利を乗り越えて、高校野球に打ち込む選手がいる。南部農林(沖縄県豊見城(とみぐすく)市)の稲福克英(かつひで)選手(3年)。仲間とともに厳しい練習に耐え、最後の夏を迎えた。「背番号4」をつけて22日、第90回全国高校野球選手権記念沖縄大会の初戦に臨む。

写真守備練習する稲福選手(右)=13日、沖縄県糸満市の糸満市西崎球場
写真沖縄大会開会式で、空を見上げながら行進する南部農林の稲福克英選手(右端)=14日午前、沖縄県北谷町の北谷公園野球場、金川雄策撮影

 14日、沖縄県北谷町の北谷公園野球場であった沖縄大会の開会式。稲福選手が南部農林の最後尾で行進した。前を歩くチームメートの肩に頭が届かないが、晴れやかな表情で胸を張って歩いた。

 稲福選手は同県沖縄市出身。周囲より身長が低い「異状」を自覚したのは小学6年のときだった。当時は約120センチと低学年並み。医者から「成長が止まった恐れがある」と言われ、週3回の太ももへの成長ホルモンの注射を始めた。だが、大きな効果はなく、中学生で治療を断念。原因はわからなかった。

 「もう伸びないのか」と落ち込んだ半面、楽しみも見つけていた。小学生のときに始めた野球だ。中学では軟式野球部に入部。高校でも迷わず野球部を選んだ。

 だが、細い腕では硬球を前に飛ばすのがやっと。50メートル走に十数秒かかり、ベースランニングが苦痛だった。それでも、がむしゃらに練習に励むうち、胸や腕に筋肉がついた。素振りを重ね、スイングも鋭くなった。遠投は60メートルに届く。

 昨秋に新チームになると、毎日練習に出る2、3年生は9人ぐらいで、二塁手を任された。練習試合では安打を記録。気配りが得意で、明るいムードメーカーとして欠かせない存在だ。

 福原修監督(49)は、稲福選手が試合に出ると、相手校が意図的に二塁方向に打つのを避ける「同情」を感じたという。だが、今春の県大会では逆に狙われているようだった。勝負の相手として認められた証しで、稲福選手は「うれしかった」と話す。

 部員が増えたこともあり、その後は控えに回ったが、沖縄大会では「背番号4」をつける。福原監督は「ハンディキャップをハンディと思わない前向きな姿に、私を含めて選手たちが多くを学んだ。これまでの努力は背番号4に値する」と評価する。

 ともに白球を追ってきた3年の宇根準主将は「カツが同じ練習に耐えてきたから、自分たちも頑張れた」と振り返る。

 22日の南部商戦で稲福選手の目標は、公式戦初安打と現チームの公式戦初勝利だ。悩みを忘れる時もあるほど野球に熱中した日々は「自分の宝物。いい仲間に出会えた」。彼らと一試合でも長く試合をしたいと願う。(金子元希)


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