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沖縄水産野球部監督の栽弘義さん死去
2007年05月08日
90、91年の全国高校野球選手権大会で沖縄水産を連続準優勝に導いた同校野球部監督の栽弘義(さい・ひろよし)さんが8日、呼吸不全で死去した。65歳だった。葬儀は11日午後2時から那覇市松山1の9の1の大典寺で。喪主は妻千賀子さん。自宅は沖縄県糸満市賀数104。
 98年の第80回全国高校野球選手権大会で選手に指示を与える沖縄水産の栽弘義監督(右)
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41年、糸満市生まれ。糸満高校から中京大へ進み、64年に教師として沖縄に戻った。豊見城(とみしろ)を率いて春4回、夏3回、甲子園に出場。80年に沖縄水産に移り、春3回、夏9回の甲子園出場を果たし、90、91年の夏の大会で連続準優勝に導いた。
3月14日に心臓の手術を受けて、小康状態を保っていたが、その後、肺炎を併発した。3〜4月にあった沖縄県高校野球春季大会では監督代行に指揮を譲ったが、退院後に復帰予定だったという。
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