9回、先頭の打席に入った。カウント1―1からの3球目、真ん中の直球を振り抜いた。手応えは十分。打球はバックスクリーンの左に飛び込んだ。「チームに貢献したいと思って打った」。主将の中堅手、大石剛志(つよし)君の意地の一発に、清峰は息を吹き返した。満塁の好機を作り、5万人の大観衆を沸かせた。双子の弟で一塁手の将人(しょうと)君は、「絶対打ってくれると信じていた」。
甲子園では自分が引いたくじで最激戦ゾーンに入った。「頭が真っ白になった」。結果として、清峰の名を全国に広めることになった。
チームは甲子園で強豪を立て続けに破り、勢いに乗っていた。それでも自分は打撃が奮わず、好機で打席が回ってきても結果を残せなかった。エースの古川君を助けたくても助けられず、もどかしかった。
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昨夏の長崎大会決勝で敗れた後、吉田監督から主将に指名された。人の先頭に立つことは得意ではなかった。主将に向いていないと思っていた。
ただ、甲子園に「自分たちの代は行ける」と思っていた。それだけの仲間だった。しかし、秋は佐世保地区予選で初戦敗退。選抜への道は絶たれた。いら立ちが募った。
試練の冬が来た。徹底した走り込み。250メートルのダッシュを重ねた。40本以上走ったこともある。丸太も抱えて走った。「野球をしに来たんだ。陸上部じゃない」と反発も起きた。実力がある分、個性も強い仲間をまとめるのに苦労した。
将人君とは小学1年から一緒に野球をしてきた。双子で注目されることに抵抗を覚えたこともあり、別々の高校に行くことも考えた。
だが、両親は「甲子園を目指すなら2人で一緒に」と、同じ学校に進むことを望んだ。そして、その願いを実現させた。将人君は「剛志は主将として、チームをよくまとめたと思う」と話す。
自分のやりたいことができる清峰の野球部が好きだったという剛志君。「最高の仲間でした」。今後は大学に進んで、さらに高いレベルの野球で自分を鍛えるつもりだ。