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〈新潟・ギフト2〉次の「負けず嫌い」育成へ夢

2010年07月06日

 小学6年の渡辺健斗は昨年8月24日、阪神甲子園球場の観衆4万7千人の中にいた。人口約7千人の関川村から仲間と一緒にバスで駆けつけ、日本文理に声援を送った。

写真渡辺が握るバットは、伊藤らが小学校卒業の年に贈ってくれたものだ=関川村上関

 マウンドに立つ伊藤直輝は、関川村野球スポーツ少年団の先輩だ。伊藤は全5試合、656球を1人で投げ抜いた。健斗は「やっぱり、エースはこんな風なんだ」と思った。

 そばにいたコーチの渡辺辰也(36)は、山の子どもは都会に行くと縮こまる、だから新潟は甲子園で勝てないのだと考えていたが、間違っていたと思った。

 「相変わらず、負けず嫌いだな」。伊藤の姿を頼もしく見つめた。

     ◇

 7年前。少年団の主将に指名された小6の伊藤直輝は、悲しそうに泣き始めた。

 「なんで泣くんだ?」

 渡辺が尋ねると、伊藤は答えた。

 「背番号が1じゃないから……」

 少年野球では、主将の背番号は10だ。伊藤は、それが嫌だった。エースナンバーの1にこだわっていた。

 小3で入団した。柔道との掛け持ちだった。体は小さく、コーチの目には、目立った野球の才能があるようには映らなかった。ただ、打席に立てるか分からないのに、柔道の大会に出ず、野球の試合に来た。村を流れる荒川の河川敷にあった練習場に来ては、砂まみれになった。

 小5で不動のエースになった。だが背番号は5。渡辺が「上級生優先」と考え、マウンドに立たない6年生に1を渡していたからだ。

 伊藤は、小6になれば1をもらえると思っていた。泣きじゃくる伊藤を前に、渡辺は戸惑うばかりだったが、伊藤は「絶対に誰よりも良い投球をする。その代わり1は誰にも渡さないで」と言って、主将を引き受けた。

 「そんなにこだわりがあったのか」。少年団で指導して16年。渡辺はずっと「勝つ楽しみと負ける悔しさを知り、負けず嫌いになってほしい」と教えてきた。なのに、子どもの気持ちを推し量れなかった自分を反省した。

 その年、少年団の背番号1を欠番にした。以来、「負けず嫌いで、こいつで負けたら仕方ない」と思える選手にしか1を渡さない。

     ◇

 午後5時すぎ、車の通りも少なくなった国道113号沿いの全天候型多目的グラウンド「ふれあいど〜む」に、ノックの音が響く。

 「ほら、がんばれ」「悔しくないのか」「今のプレーで1点入るんだぞ。それで試合に負けたらどうだ?」

 23人の子どもたちは歯を食いしばり、渡辺に言い返す。

 「嫌です!」

 少年団に今、背番号1はいない。エースの健斗は8だ。

 渡辺は、期待するからこそ「おまえしかいないんだぞ」「やらされる練習じゃなくて、自分で何かをしないとダメじゃないか」と、健斗にハッパをかけてきた。

 涙ぐむこともあった健斗。最近になって「エースなら、これぐらいのことをしなくちゃ」と言って、自宅から練習場までの約3キロを走るようになった。

 「走ってきたんだぜ!」。そう言って笑う健斗の姿が、渡辺には頼もしく見える。=敬称略


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