「直球だ」。6回裏、土岐商の最初の打者、3番林祐仁君(3年)は、初球を思い切り、振り抜いた。打球はぐんぐん左中間へ伸びていく。「入るか」。球はフェンスを直撃し、三塁打。「必ず次が打ってくれる」。わき起こった歓声は耳に入らなかった。大舞台でも冷静沈着だ。
続くのは、投手で4番の丹羽力人君(3年)、強打者の加藤勇大君(3年)。2人とも岐阜大会の前から注目されていた投打の柱。林祐君が出塁すると、必ずと言っていいほど返してくれた。三塁上から丹羽君と加藤君に呼びかけた。「おまえらならできるよ」。でも、丹羽君は一邪飛、加藤君は二ゴロに倒れた。
林祐君は目立つのが好きではない。活躍しても口数は少ない。「脇役であっても、勝ちに貢献している人がいる。そういうのになればいい」
一方、チームでは誰よりも負けず嫌い。「甲子園には来るだけでなく、必ず勝ちたい」。抽選会後、移動中のバスの中では、高陽東が速球派投手を擁する広陵を破った広島大会準決勝のビデオが流された。少し見て眠る選手が目立つ中、一人じっと画面を見つめて研究していたのが林祐君だ。
高陽東の主戦のスローカーブが気になった。丹羽君の速球を打つことを目標にしてきた土岐商。やっかいかもと思った。「落ち着いて直球だけを狙おう」。試合前日、宿舎の部屋で一人、グラブを磨きながら決めた。
スローカーブを見送った後の直球を狙い打ちした初回の二塁打に続く6回の三塁打。岐阜大会のように打線の口火が切られたかに見えたが、甲子園の大舞台に立った緊張と、スローカーブに動揺した選手たちは、次々と打ち取られていく。「動揺するな」。試合は2−4で終わった。
いつもは名脇役。しかし、この日は一番光っていた。「誰でも打てなくなる時はある。丹羽たちに打たせてやって、勝ちたかった」。試合後、真っ赤な目で仲間を思いやった。