戦後65年。県球界悲願の「深紅の大旗」が、ついに沖縄の地に渡った。第50回大会で興南旋風を巻き起こした我喜屋主将が42年後、指導者として母校を率い、史上6校目の春夏連覇に導いた。
近年、これほど弱点を見せず上り詰めたチームは少ない。絶対のエース・島袋は全国の「打倒島袋」を跳ね返した。大会終盤、疲れは隠せなかったが最後まで速球の威力は衰えなかった。夏の頂に向け、工夫した練習の積み重ねが、炎暑を克服し精神的、肉体的なスタミナを生んだ。
東海大相模は、横手投げに活路を見いだした一二三(ひふみ)の成長抜きに語れない。短期間で習得するあたり、非凡さがうかがえた。
完封、零封試合が10試合。1点差が12試合を数える一方、歯止めがかからず大量失点の大味な試合も目立った。本塁打26本と減少したが、三塁打は58本と、近年で最も多かった79回大会を1本上回った。“大砲”より俊足好打者の多さが顕著だった。