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西日本短大付―沖学園 3回裏沖学園1死、数藤は左越え安打で三塁へ頭から滑り込む。三塁手浜頭=小郡 |
西日本短大付3年の主将、弓削博輝君=写真=は昨夏、7番遊撃手で甲子園に出場した。初戦負け。弓削君は最後の打者になった。「先輩たちの助け合う野球を、僕たちが引き継ぎます」。そう言って甲子園を去った。
先輩たちは前評判は高くなかった。それでも、大振りせずに、走者を確実に進める打撃で福岡大会で優勝。「助け合う野球=チームのための野球」は、飛び抜けた選手がいない新チームにとっても理想的に見えた。
ただ、その継承は難しかった。
昨秋の県大会で2回戦負け。「先輩たちも秋は2回戦負けだった」。誰にも危機感はなかった。あったのは「自分たちも優勝できる」という漠然とした自信だけだった。
自信は大味な野球につながった。小さく非力な選手ばかりなのに、長打狙いで好機をつぶす場面が多かった。弓削君も理想を忘れていた。
3月の春の県大会でも4回戦負け。練習試合でも負けがこんだ。
4月のある日、西村慎太郎監督が言った。「このままじゃ甲子園にいけないぞ」。3年生の心に、やっと響いた。ミーティングで徹底的に話しあった。打ち気に走る野球から、足を使って、つなぐ野球に意識を変えた。練習試合でも粘り勝てるようになった。
ノーシードの今大会。5試合で13盗塁。足を使ったつなぐ野球で、シード2校を破った。
「悔いはありません」。沖学園に敗れたが、弓削君に涙はなかった。最後の大会で理想のチームに近づけた気がした。