「『お前らに任せる』と監督は言っとる」
0―0で迎えた9回裏1死一、三塁。マウンドに集まった福岡工の内野陣に、伝令の3年田中雄一郎君は、そう言った。
サヨナラ負けの危機。緊張していた選手の顔が、さらにこわばった。満塁策か、勝負か。
田中君は、そこで、握りしめていたものを見せた。3センチ大の金色の石。表面には、緑色の文字で、こう書いてあった。
「大丈夫 しんぱいするな なんとかなる」
森山博志監督に「見せてこい」と握らされた。
石は森山監督が知人からもらった。このチームには、初めて見せた。
選手たちに笑いが広がった。捕手の梶原大樹君は気が楽になった。「つらい時こそ笑おう」。チームの合言葉を思い出した。投手の江口裕基君が言った。「勝負だ」
ただ、投球数が100球を超えていた江口君は疲労で制球が乱れた。ボールが2球続いた。「カウントを悪くして、打たれるよりは、いい」と、満塁策をとった。
1死満塁。それでも江口君に制球力は戻らなかった。1ストライク3ボール。「もうボールは投げられない」。高めの直球を投手前にスクイズされ、試合は終わった。
森山監督にとって、石は「秘中の秘」だ。使うのは選手が力を出し切ってもなお、危機を迎えた場面だけと思い定めていた。「弱かったチームが、ここまでやってくれた」。石を見せて選手に任せた最後の采配(さいはい)は、力を出し尽くした選手たちへの感謝の証しだった。