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甲子園 夢トーク

甲子園 夢トーク

初めての聖地 「記憶がない」「足が震えた」―対談(2)

2008年04月22日



 清原 甲子園は僕が初めて抱いた夢だったな。小さいとき野球をやって遊んでいて、パッと甲子園の映像が飛び込んできた。あそこに出たいってね。そうか、高校1年の夏から、もう25年たつのか。

 松井 当時、僕は小学3年。毎日、食い入るようにテレビで甲子園を見ていた。あの年は何と言っても夏春連覇を果たしていた池田(徳島)が強かった。水野(雄仁)さんがエースで4番でね。その池田を、PLがものの見事に粉砕しちゃった。

 清原 実はね、あの夏の大会は、ほとんど記憶がない。甲子園に出場したい、という夢がかなって、ふわーっとした気持ちで、本当に気持ちよく野球ができた。開会式の入場行進でスタンドの大きさとか、球場全体の雰囲気とかに衝撃を受けた。ここでホームランを打てるかどうかなんて、考えもしなかった。

 松井 甲子園で初めて打席に立った時のことは、鮮明に覚えています。僕も1年の夏でした。あこがれていた場所に立ち、投手の方向を見た瞬間、バックスクリーンとか周囲の風景がバーンッと目に飛び込んできた。もう、足が震えて止まらない。結果的にストライクが1球もなく、ストレートの四球。「ラッキー」と思いました。

 清原 2年からは、プレッシャーとの戦いだった。甲子園、そしてホームランというもののとらえ方がグッと変わった。周りから優勝するのが当たり前と言われ、ホームランへの期待ものしかかってきた。2年の春はそう打っていないけれど、うれしい気持ちより、ホッとするようなホームランが多かった。

 松井 「KKコンビ」を夢中で見ていた野球少年としては、1年生の頃は桑田さんの印象が強かった。水野さんから本塁打を打ったり、打撃も良かったですからね。キヨさんは上級生になるにしたがって、すごい存在感を発揮していった。2年夏の1試合3本塁打、3年夏の決勝で放った2本塁打。すべて、鮮明に覚えていますよ。当時から、ライト方向に流し打つのが抜群にうまかったですよね。




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