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甲子園 夢トーク

甲子園 夢トーク

「雨のノーゲーム、悔しさ1年忘れず」香田さん―対談(4)

2008年03月19日



 香田 僕なんか小心者だから、立ち位置やスタンドの声が気になって……。06年夏の準々決勝、智弁和歌山―帝京(東東京)をテレビで見ていたら、高嶋さんが悔しそうに表情を変えた瞬間があったんですよ。あの高嶋さんでも、と思うと、ちょっとホッとしました。

写真香田誉士史さん

 高嶋 伝説の試合(笑)。8―4で勝っているのに、9回2死から8点とられた。それをまたひっくり返すなんて。これに勝てば駒苫の田中将大(まさひろ)投手と対戦できる。その一心ですよ。だって北海道まで偵察に行きましたし、打撃マシンで160キロを打つ練習もしましたからね。

 香田 北海道に来られたのは知ってました。ただ、田中、田中と騒ぐな、と思ったこともあります。決して彼一人のチームではありませんでしたから。北海道は島国。全国制覇して、周りの目がすごく変わった。それを望んでいたんですが、急に怖くなった。恥ずかしながら、優勝、不祥事、優勝、不祥事……。気遣いが多く、僕の器では受け入れきれなかった。

 高嶋 甲子園は一回負けて離れると、二度と戻れないような感じになる。出続ける癖をつけないといけない。最近は中村監督の築かれた甲子園通算58勝という数字を必ず話題にされるんです。

 中村 追い越されるのは時間の問題。その次は香田君なんかが、高嶋さんを追いかけないといけないね。いま何歳だっけ? うずうずしているんじゃないの?

 香田 36歳です。

 中村 僕が監督になったのは34歳だったかな。吉村禎章たちのチームで初めて甲子園に出たのが35歳だった。

 高嶋 僕は34歳の年に和歌山へ移った。香田君は今、監督を一時離れているけど、充電中といったところかな。

 香田 中村監督も言われたように、正直、うずうずしている部分がないわけではありません。高嶋監督のエネルギーも感じました。すごくいい勉強をさせてもらいました。




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