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ここから本文エリア 甲子園 夢トーク 「負けても、池田は強かったと言うな」中村さん―対談(2)2008年03月19日 中村 3人とも九州の出身だね。僕は高校はPLだけど、当時の大阪はレベルが高くてね。2歳上に浪商(現大体大浪商)の尾崎行雄さんがいた。中学3年の時、法政二(神奈川)の柴田勲さんと甲子園で投げ合う姿を見たのが強烈だった。先生へのあこがれもあって、大学に入るときには指導者を目指していた。
高嶋 僕は長崎・海星2年の夏に甲子園に出た。開会式の入場行進で足が震えましてね。あの感動を後輩たちに、という一心だった。 香田 僕も佐賀商時代に3回出たけど、やっぱり甲子園はすごくて。どうしたら、また高校野球をできるかと考え、指導者になろうと思った。 中村 監督として、僕は選手に恵まれたな。サインは18年間同じでしたよ(笑)。桑田真澄、清原和博にとっても、PLにとっても大きな試合だったのは、83年夏の池田(徳島)との準決勝ですね。2人は1年生。池田は水野雄仁(かつひと)投手を擁し、夏、春に続く3季連続優勝がかかっていた。それを7―0で破った。 香田 すっごい見てました。小学生でした。あのころ、高校野球へのあこがれが芽生えた。 中村 「負けても、池田は強かったとか、水野君はすごかったとか絶対に言うな」と選手に言いました。水野君は内角シュートが持ち味。右打ちを狙ってもファウルになる。だから、思い切り引っぱれ、と。そしたら桑田がツーランを打った。 ただ、その後は2人が卒業するまで苦しかったな。勝って当たり前の状況に置かれましたから。 |