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甲子園 夢トーク

甲子園 夢トーク

「『大輔』たちの先頭に立つ責任」荒木さん―対談(4)

2008年02月20日



 太田 高校に入った時は、甲子園なんていうのは夢のまた夢。延長18回と言われるが、それよりも、2年生の青森大会で優勝した時の方が、はるかに印象に残っている。野球をやっていて、泣いて涙が止まらんかったというのは、あれが最初で最後です。

写真荒木大輔さん(早稲田実)

 坂本 たった3週間なんですけど、甲子園というのは、46年間生きてきて、間違いなく自分の基礎になっている。いいも悪いも、あそこがスタートで、大人になっていった。

 荒木 高校時代は、勝つという共通目的、プラス仲間のつながりというものができた期間でした。それと、上級生になるにしたがって、少しずつ責任感が芽生えた気がします。裏方の仕事をやってくれる仲間の姿が見える。一生懸命やらなければ、という思いが自分のプラスになったと思います。

 坂本 周りを見る余裕が僕にはなかった。自分のことで必死でしたから。それが高校3年間の悔いとして残っています。今は野球に恩返しをしたいと思い、NPO法人を設立して5年になります。やはり野球があって、ここまで来ましたから。子供たちが野球で夢を語れる世の中になって欲しい。

 荒木 僕の甲子園での活躍を見て、「大輔」と名付けられた子供たちがいる。僕には、彼らの先頭に立ってあげる責任があると思っています。松坂(現レッドソックス)もその一人です。彼とは西武で同じユニホームを着ましたが、一番厳しく接したつもりです。

 太田 華々しく活躍する選手よりも、高校3年間頑張っても1回も試合に出られずにスタンドで応援する。そういう子供の方が、後で世の中に出たらはるかに値打ちがあると、僕は思う。今の子って、我慢して一つのことを続ける忍耐力がないような気がする。こつこつとやり続けることの大事さというかな。そういうものを野球を通じ学んで欲しいですね。



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