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甲子園 夢トーク

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「試合前から400球、それで18回。すごい投手ですよ」板東さん―対談(3)

2008年01月30日



 井上 再試合の規定は、板東さんの力投がもとになっていると、最近知りました。58年春の四国大会。板東さんは延長16回の準決勝に続いて、翌々日の決勝も延長25回を1人で投げた。これが選手の体調を考えるきっかけとなり、その年の夏の甲子園から、延長は18回で打ち切りになった。そして、適用第1号も、また板東さん。

写真板東英二さん
写真渡辺元智監督

 板東 18回で再試合なんて全然知りませんでした。10回からナイターになったのが幸いでしたね。はま風は涼しいし、氷水は飲み放題だし。あの時とった25個の三振のうち、20個くらいは後半にとったんです。

 実は「お前は力むから」と監督に言われ、球場に入る前に300球、球場のブルペンで100球投げました。それで18回。すごい投手ですよ。そこらのタレントと思わないでね、斎藤君。

 斎藤 自分は、高校時代から(すごい投手と)知っていました。

 板東 うそです(笑)。

 井上 ぼくの場合は、史上初の決勝引き分け再試合になるとは思いもしなかったので、最初から全力でした。9回までは調子がよかったけど、10回に入った途端、握力が落ちてカーブがワンバウンドし始めた。後はピンチの連続でした。

 ◇松坂登板前のどよめき、あんな経験ない 渡辺監督

 板東 横浜はPL学園と17回を戦いましたね。

 渡辺 延長を戦っているという気持ちはありませんでした。1イニング1イニングの積み重ねが15回だったり、16回だったりして……。ただ、延長に入ってから、松坂(大輔=現レッドソックス)が走者として塁に出るたびにつらい顔をするんですね。「限界かな」と思って、ほかの投手も準備させました。

 井上 取材していて驚いたのは、試合後のインタビューで松坂君が「明日は投げません」と言い切ったことです。その隣で渡辺監督も「投げさせない」と話している。こういう指導者が出てきたんだ。こういう時代になったんだ、と感じました。

 渡辺 松坂を壊してはいけない、という思いがありました。選手たちには「松坂1人のチームじゃない」と言い聞かせていたし、準決勝の明徳義塾戦は全員野球で戦おうと。ところが、8回まで0―6。どうせ負けるならベストメンバーで帰ろうと思い、レフトに入っていた松坂に攻撃中、投球練習をさせました。

 井上 8回に松坂君がブルペンで全力投球を始めたら、甲子園がウワーッと盛り上がったんです。そして、大逆転劇が始まった。

 渡辺 5万大観衆の異様などよめきでした。40年以上指導してきて、あんな経験はほかにない。4点をかえし、4―6になった9回、松坂をマウンドへ送り出した。その裏、逆転サヨナラ勝ち。あれが「甲子園の魔物」でしょうか。精神的なものが本当に大事だな、と勉強になりました。



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