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激闘の翌日、脅威の粘り 奇跡の大逆転劇

2008年04月16日

 ◆横浜7x−6明徳義塾 第80回選手権(1998年)

 PL学園との延長17回に渡る激闘の翌日、明徳義塾との準決勝。横浜は、前日250球を投げた松坂大輔(現・大リーグレッドソックス)に無理をさせず左翼につけ、2年生で背番号10の袴塚を先発に送った。袴塚は1回、2回と2本ずつ安打を打たれ、3回まで5安打を浴びたが何とか無失点に抑えていた。打線は3回裏、明徳の寺本四郎(元・ロッテ)投手から2死満塁のチャンスをつかんだが、4番松坂が三振、5番小山良男(現・中日)も右飛に倒れて先制のチャンスを逸した。

 その直後の4回表、明徳は2死一、二塁の好機に9番倉重が初球を叩き、二塁頭上を越える右前タイムリーを放って1点を先制した。続く5回表には先頭の1番藤本が真中高目のストレートをフルスイング。打球は左翼ポールを巻くソロ本塁打となって1点を追加。2死後、死球の寺本を一塁に置いて、5番谷口が真中のストレートをレフトスタンドに叩き込み、この回3点を追加した。谷口の一発は、夏の大会25度目となる1イニング2者本塁打、さらに夏の大会通算900号のメモリアルアーチであった。

 明徳の勢いは止まらない。さらに6回表にも、5回途中から救援していた2年生の斎藤投手から1番藤本、2番津呂橋の連続長打で1点、8回表にも2死二塁から1番藤本が、夏の大会4人目のサイクル安打となる左中間三塁打を放って6対0と大きくリードした。明徳の先発、寺本は横浜打線を7回まで3安打、7三振に抑え、三塁を踏ませたのは一度だけという完璧な投球。前日の延長17回の死闘をテレビで見ていた明徳の馬淵監督は「激しい延長を戦った後を考えればウチの方が断然有利」とほくそ笑んだとおりの試合展開であった。

 しかし、勝負はなにが起こるかわからない。奇跡の大逆転劇がここから始まった。

 横浜は8回裏、先頭の1番加藤の遊失、2番松本の一、二塁間突破で無死一、二塁の好機を作ると、3番後藤(現・西武)が中前打を放ってようやく1点を返した。さらに4番松坂も高いバウンドで遊撃右を抜ける3連打で2点目。なお、一、二塁のところで、明徳義塾は寺本を一塁に回して、背番号10の高橋一正(元・ヤクルト)投手をマウンドに送った。高橋は、5番小山、6番小池(現・横浜)の代打常盤を打ち取って2死一、三塁としたが、代打柴への4球目がワイルドピッチとなって3点目。さらに2死二塁から柴が左前にタイムリーを放って一気に2点差となった。

 横浜の攻勢に球場は異様な雰囲気となった。9回表「松坂」コールの大声援が起こると、エース松坂がいよいよマウンドに立った。松坂は、4番寺本に四球を与えたが、その後二併に討ち取って3人を15球で片づけた。ムードが俄然盛り上がった横浜は9回裏、先頭の9番佐藤が初球を叩いて右前打で出塁すると、1番加藤が初球を三塁前へバント。これが内野安打となり無死一・二塁とすると、続く2番松本の送りバントが、投手の野選を誘って、わずか3球で無死満塁とした。この好機に3番後藤が高いバウンドで前進守備の二遊間を抜ける中前2点タイムリー放ってついに同点に追いついた。押せ押せムードの横浜は、4番松坂がきっちり送って1死二、三塁。一気にサヨナラのチャンスを作った。追い詰められた明徳は、満塁策を取って5番小山を歩かせると、再び寺本をマウンドに戻したが、横浜の勢いは止められない。2死後、途中出場の7番柴の放ったライト方向の小飛球、明徳の二塁手が必死の背走で懸命にジャンプ、伸ばしたグラブはわずかに届かず打球は芝生に転がった。

 楽勝のゲームが一転悪夢の試合となってしまった明徳義塾ナインはその瞬間、全員がうずくまった。特に打たれた寺本投手はマウンドにうずくまって頭を抱え込んで動けない。ナインの助けで何とか挨拶の列に戻った寺本だが、その後も涙がずっと止まらなかった。

 負けた馬淵監督が「勝てる試合に負ける、負ける試合に勝つのが野球やな」とうめけば、勝った渡辺監督は「野球人生で考えられないような試合が2日続けて起こるなんて…」と目を潤ませた。延長17回の激闘に、歴史に名を刻む大逆転劇。しかし、事実は小説より奇なり。考えられないような試合展開は、2日では終わらなかったのである。


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恒川直俊(つねかわ・なおとし)

 1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
>>主な著作


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