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史上初の春・夏連覇成る

2008年02月13日

◆作新学院1―0久留米商 第44回選手権(1962)

 春の選抜と夏の選手権の両方を1年で連覇することがいかに難しいか・・・。この時まで春の王者33校のうち、その夏の地方予選を勝ち抜いて甲子園に出場した学校がわずか11校しかなく、さらに決勝まで進んだ学校というと、昭和7年(第18回大会)の松山商ただ1校しかなかった。春・夏優勝どころか、夏に代表として出場するだけでも大変なことで、長い間「春の選抜優勝校は、夏の全国大会に勝てない」というジンクスがあった。

 しかしついにこのジンクスを破る偉業を、北関東代表の作新学院が達成した。同時に作新学院は史上10校目の春・夏優勝校となった。

 作新学院はこの春、大黒柱のエース八木沢荘六(元・ロッテ監督)が、八幡商との延長18回引き分け再試合や、松山商との延長16回の試合などを投げ抜く活躍をし、見事優勝を果たしていた。そして見事夏の全国大会出場権も獲得した作新学院は、春夏連覇に向けて、まだ新幹線がなかった時代でもあり、特急で大阪に向かっていた。

 約丸一日を要するその車中での飲み食いがいけなかったのか、大阪についた時には八木沢を始め3、4人の選手が下痢をしていた。この時ちょうど大阪で疑似コレラが発生していたため、7日に西宮保健所で大会出場選手全員にコレラの予防注射が行われた。この時「誰か下痢をしている者はいないか?」という保健所員の問いに、八木沢投手が下痢症状を訴えたので、8日に芦屋保健所で検便検査を受けた。その結果菌が検出され、開幕日の10日朝「真性赤痢」と診断されて、芦屋市立病院に隔離されてしまったのだ。

 この結果、大会2日目に組まれていた試合は延期され、他の選手も全員検査を受けることとなり「この後1人でも保菌者が出れば出場辞退」という瀬戸際に追い込まれたが、幸いにも他の選手は全員陰性の判定が下った。

 全員が試合の出来ることを喜びあったが、何せエース八木沢を欠いての試合となったので、チーム力は半減だと途方に暮れた。

 しかし2日延期となった4日目の気仙沼との初戦に、代役の背番号11でサイドスローの加藤斌投手(元・中日)が目を見張る好投を演じ、気仙沼に4安打、12奪三振で延長11回を投げ切って2―1で勝利をものにすると、続く慶応戦も5安打、8奪三振で、7対0と完封した。そして準々決勝の岐阜商戦の前に「八木沢退院、ベンチ入りも可」の朗報が届き、ナインの士気は一層盛り上がった。(もちろん本人は、ショックと高熱に食欲不振でフラフラの状態なので投げることは出来なかった)。

 結局岐阜商も2対0から8回裏に大量7点を奪って9対0となったところで、加藤投手を温存して休ませて完勝し、続く林俊彦(後の俊宏、元・南海)―木俣達彦(元・中日)バッテリーの難敵中京商(現・中京大中京)との準決勝も、3安打で完封して2―0で破り、ついに決勝に駒を進めたのであった。

 決勝の相手の久留米商は第1回大会の大正4年以来、実に47年ぶり2回目の出場だった。エース伊藤久敏(元・中日ほか)が、4試合中3試合を完封して勝ち上がってきていた。

 試合は久留米商の押し気味で始まった。1〜3回はいずれも二塁まで走者を進められながらもエンドランを外し切り抜けると、4、5回は三者凡退、6、7回は併殺で切り抜けた。

 一方作新学院はスコアリングポジションに走者を進めたのは4、5回の2度だけで、伊藤投手に抑えられ、0対0と1点を争う展開となった。7回裏、作新学院は5番伊藤が初球を遊撃手の頭越しにはじき返す左前打で出ると、6番鈴木の送りバントが相手の失策を誘い一、二塁となり、続く7番大橋の三塁線への絶妙なバントが内野安打となって無死満塁のチャンスをつかんだ。しかし8番森田は三ゴロで伊藤が本封され、9番投手の加藤は三振に倒れて2死となった。

 せっかくのチャンスが無得点に終わるかと思われたところで、1番の主将・中野孝征(元・ヤクルト)が三遊間を破って待望の1点を奪った。その後は加藤投手が8回を三者凡退に抑え、そして9回は最後二盗を刺してゲームセットとなり、史上初の春・夏連覇を成し遂げたのである。

 代役とはいえ、加藤投手は準々決勝の9回のみ、大量リードで熊倉投手にマウンドを譲ったほかは、46イニングを1人で投げ切った。内外角に球を散らし、特に内角のシュートに力があり、許した得点は初戦の気仙沼戦の4回裏に、ボークで与えた1点のみという素晴らしい投球だった。

 加藤投手はその後中日に入団し、2年で3勝を挙げこれからという時の、昭和40年1月3日のオフに、今市市(現在の日光市)の日光街道を運転中、塀に激突して誠に残念ながら20才の若い命を散らしてしまった。


恒川直俊(つねかわ・なおとし)

 1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
>>主な著作



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