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ここから本文エリア 現在位置:高校野球>コラム>恒川直俊 名勝負を振り返る> 記事 10回2死無走者から消えた栄冠2007年11月07日 ◆東邦3―2上宮 第61回選抜(1989年) 無情にもボールは誰もいない外野の芝生を転々と転がっていく。それを追う右翼手の背中。本塁ベース上では喜びを爆発させる歓喜の東邦ナイン。一方、ガックリとうなだれる上宮ナイン。中でもマウンド横にうずくまって動けぬ元木大介(元巨人)にはあまりにも非情な終わり方であった。 延長10回裏2死走者無し。上宮にとっては「あと一人」で悲願達成を目前にしたところからのまさかの敗戦だった。 前年準優勝の東邦はエース山田喜久夫(元中日ほか)が残った。一方、ベスト8だった上宮も超高校級スラッガーと言われた元木を始め、種田仁(横浜)、小野寺在二郎(元ロッテ)が残り、また2年生エース宮田正直(元ダイエー)の成長もあり、戦前の予想どおりの決勝戦となった。 4連投の宮田と3連投の山田の両投手とも、疲れからか打たれながらも、粘り強い投球で無得点に抑えていた。3回はともに三者凡退だったが、それ以外は両チームとも毎回塁上をにぎわす同じような展開で進んだ。 5回表、上宮はこの回先頭の6番鈴木が二塁左への内野安打で出塁すると7番・投手の宮田が送り、8番2年生の塩路が三遊間を破る安打で1死一、三塁とした。ここで9番岩崎がワンボールからの2球目にスクイズを決めて1点を先制した。 東邦もその裏、先頭の8番2年生で背番号14の村上が四球と盗塁で二塁まで進んだ2死後、2番高木が4球ファールで粘った2―2からの9球目に、二遊間を破る中前タイムリーを放って追いついた。 その後もお互い走者を出すが、両投手が決定打を許さず、決勝戦としては9年ぶり12回目の延長戦となった。 延長10回表、上宮は1死後、2番内藤が一、二塁間を破り出塁すると、3番小野寺は中飛に倒れて2死。ここで4番元木が左前にワンバウンドのクリーンヒットでつなぎ2死一、二塁とし、5番岡田が三塁左を強烈に襲う安打で貴重な1点を奪って2対1とリードした。 リードを許した東邦は10回裏、先頭の8番村上が死球で出て、100%バントと思われた9番安井に強攻させたが、これが4―6―3の併殺。 しかし、勝負をあきらめない東邦は、1番山中が勝利を意識しすぎた宮田からストレートの四球を選び、2番高木がしぶとく三遊間の内野安打でつなぐ。3番原浩が初球のシュートに詰まりながらも中前に落とし、二走の山中が微妙なタイミングだったが、一瞬早く本塁にかえり同点となった。 この時、打った原浩は二塁を狙ったが、一走だった高木が二塁を回った所で止まってしまい二塁付近で2人の走者が立ち往生してしまった。これを見た上宮の塩路捕手は原浩を二塁に追い込みつつ、三塁に走った高木を刺すため三塁手にボールを投げた。タッチを逃れる走者をはさむように二塁に戻した球はショートバウンドとなり、走者と重なった二塁手は後逸してしまった。さらに転がったボールは、慎重に腰を落として捕球しようとした 右翼手の前で大きくイレギュラーして跳ね上がり、無情にも無人の外野を転がっていったのだった。 この間に高木がバンザイをしながら生還し、東邦が48年ぶり4度目の栄冠を手にした。それはくしくも東邦が昨年無念の準優勝に涙した4月5日と同じ日であった。 この記事の関連情報恒川直俊(つねかわ・なおとし)
1940年、名古屋市生まれ。明治大法学部卒。高校野球を中心とした野球史の研究に取り組む。著書に「プロ野球で活躍する甲子園球児の戦歴事典」(2000年東京堂出版、2003年改定)、「出身校別懐かしの甲子園球児たち」(2005年東京堂出版)、「熱球譜‐甲子園全試合スコアデータブック」(2006年東京堂出版)などがある。
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