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大会が与えた波紋

2007年08月24日

 第89回全国高校野球選手権大会が、興奮のうちに閉幕した。次回は90回の節目の大会となる。

 大会の歴史というと、いつも目にするのが第1回の始球式の写真だ。村山龍平・朝日新聞社社長が羽織はかまに身をただしての投球だったが、頭にのっていたのが大きな麦わら帽というのが面白い。その後ろで立っている審判長・荒木寅三郎(京大総長)は山高帽にモーニング姿。その対比が、なんともユーモラスだ。

 その横で、鳥取中学の鹿田一郎投手が緊張して立っている。大会初戦が広島中学とのゲームだった。

 こんなに固くなっていて、はたして鹿田投手はうまく第一球を投げられたのか。直球だったのか、カーブだったのか。

 その答えは、校史を引き継ぐ鳥取西高等学校の野球部史に、40余年後の述懐として記されている。

 「私は、もともと心臓は相当強い方で、この試合に出るまで『あがる』ということは決してなかった。ところが、その私が、あの大がかりな大会のふんい気、いかめしい始球式の光景に、すっかりあがってしまった。(略)第一球は本当に無我夢中で投げました。こんなわけで、四十余年たったいま、当時の状況はよく覚えていませんが、たしかストライクだったと思います。とてもカーブは投げられなかったので、直球をド真中に決めたように覚えています」

 鳥取中はこの試合に14対7と大勝する。8回、四球の上にヒットを重ねて、一挙に7点を取ったのが効いた。最終回には相手から大会初のホームランを浴びながらも、あとを抑えた。次の相手は優勝候補の一つといわれていた和歌山中。これには7―1で負けた。

 しかし、初の全国大会で1勝を挙げ、堂々たるプレーを見せた選手団が帰郷したときには、市民は熱狂的に歓迎した。楽団を先頭に行進する選手たちに、多くのファンが続いた。

 野球熱はそれで終わるものではなかった。校内では「学年対抗」のゲームが行われた。「旧選手対新選手」、「職員対2年」、「寮生対第三学友区」などというのも行われている。

 それだけではない。

 熱気はさらに、さらに高まって、鳥取中校友会野球部主催の「秋期野球大会」なるものが9月24日から4日間、行われている。参加したのは小学校6校、高等小学校2校、それに師範学校。市内の学校のほとんどすべてが集結していたことになる。

 全国大会という大きな目的ができて、各中等学校野球部が活気づいた。中央から大学選手を招いて指導を受けたり、練習法を改めたり。技術も飛躍的に向上し、いっそう熱のこもったゲームが展開されるようになった。

 鳥取でのことと同様の話が、きっと、各地それぞれにあったことだろう。


佐山和夫(さやま・かずお)

 1936年和歌山県生まれ。ノンフィクション作家。慶応大文学部卒。日本ペンクラブ、アメリカ野球学会、スポーツ文学会会員。84年潮ノンフィクション賞、93年ミズノ・スポーツライター賞など受賞。メジャー・リーグや黒人リーグなどのアメリカ野球や日米野球史に関する著書・訳書多数。近著は「松井秀喜の『大リーグ革命』」(2003年講談社)「野球とシェイクスピアと」(2006年論創社)など。
>>主な著作



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