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監督のゲキ 闘争心に火 長野日大・池田秀弥選手

2008年04月02日

 左中間が広々と空いていた。7回無死一塁。右打席に入った池田秀弥君の目には、極端に右翼に寄った外野手の守備陣形が見えていた。ここまで苦しんできた相手投手の投球も、球威が落ちてきていた。ベンチからのサインはヒット・エンド・ラン。直球を迷わず引っ張ると、打球は狙い通りに左中間を抜けた。

 この日は6回の打席で4度出塁。塁上から盗塁の構えなどで相手に重圧をかけ続け、チームの攻撃を引っ張った。

 「闘争心に火がついた」と振り返ったのは5回終了後。中原英孝監督からチームに「このままで長野に帰れるのか!」とゲキが飛んだ。池田君は俊足を買われて1番打者を任されてきたが、甲子園に入って2試合で6打数1安打。この日は1回に四球で出塁したものの相手投手の牽制(けんせい)に刺される「ミス」も犯していた。監督の声はまさに自分に飛んでいる気がしていた。

 雪の多い山ノ内町出身。小学2年からスキーのクロスカントリー競技に打ち込み、長距離レースにも参加するほどだったが、中学からは野球一筋。中原監督率いる長野日大に入学を決めたとき、母の今朝美さん(43)は一つだけ尋ねた。「ベンチに入れなくても3年間続けられる?」。池田君はうなずいた。

 家の周りは坂道ばかり。小さなころから坂道でダッシュやランニングをした。中原監督に「池田が出なきゃ、ウチの打線は勝負にならん」と言われるまでに成長。北大津戦では3盗塁を決め、先制のホームを踏む活躍も見せた。

 守備でも要の遊撃手。ここまで2試合を無失策で終えてきたチームは最後の最後にミスを連発し、ふがいなさも残った。「一つのノックも、1球の打撃練習にも、この舞台での1球と思って取り組む」。そう語る目は、しっかりと次の「夏」を見つめていた。


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