|
ここから本文エリア 初の公式戦「格好よく」長打 聖望・村田崚馬主将2008年03月29日 この日、初めて公式戦に出場した副主将の村田崚馬君(3年)に2回、絶好の好機が回ってきた。1死満塁、「体を開かず」と言い聞かせ、真ん中高めのスライダーをたたきつけた。ボールは右中間へ。ヘルメットを飛ばして二塁へ。2人の弟がいるスタンドに向かって拳を突き上げた。「苦しんだとき、支えてもらった。格好いい姿を見せてと言われていたので」。この2点適時打で、履正社のエース三村庸平君(同)はマウンドを降りた。
高校入学後、すぐに肩があがりにくくなった。右肩の内部に腫瘍(しゅよう)が出来ていた。肩をかばうと今度はひじを疲労骨折した。「自分だけ投げられない」。ランナーコーチが役目になった。 「もう野球やってらんねえ」。昨秋の関東大会前、家族の前で弱音を吐いた。「兄ちゃんが一番だから」。部屋に戻ると、弟の祐馬君(15)が声をかけてきた。「あの言葉に勇気づけられた」 体格が細く、打力をつけるために母正枝さん(43)は今冬、食事をたくさん作った。食べきれず、母に申し訳ないと、隠れて吐くこともあった。それでも食べ続けた。冬だけで体重が9キロ増えた。甲子園に来る前、グラブに「感謝を忘れず」と刺繍(ししゅう)を入れた。「家族への感謝です」 昨秋、右肩の腫瘍(しゅよう)が消え、関東大会後、ひじも完治した。 試合前々日、遊撃手の小名木弘毅君(同)が体調を崩した。「明日行くぞ」。前日、岡本幹成監督から言い渡された。「自分でいいのか」と不安だった。7回、4失点後の2死二、三塁のピンチで、三遊間の深い位置でゴロをさばき、相手の追加点を防いだ。 岡本監督は「今年から顔つきが変わり必死にやっていて、ぐんぐん力をつけた。2回はスクイズもあったが、信じて打たせた。こういう舞台には強い選手です」と笑顔で話した。 |