ここから本文エリア

現在位置:高校野球>コラム>球児を追って> 記事

タイトル

聖地への夢 笑顔の裏に中2の挫折 鹿児島工・石神選手

2008年03月31日

 1点先行された直後の5回表、内野安打を放った。頭から滑り込んだ一塁で、顔がくしゃくしゃになった。

写真5回表鹿児島工1死、石神は遊ゴロで一塁に頭から滑り込み内野安打とする

 いつも笑顔だ。無我夢中になれるもの。それが野球だ。

 「元気出していくぞ!」。声を張り上げる。ミスを犯しても重く沈殿しない。「ハハハッ」と笑えば、チームメートが「フフッ」と苦笑する。チームの雰囲気をつくる。

 小学2年の時、2歳年上の兄の俊さんの影響で軟式野球を始めた。少年野球の全国大会で準優勝した当時、三塁手。兄は投手だった。「尊敬する人」。ずっと兄の背中を見つめてきた。

 「兄ちゃんはいつも明るく、チームで一番声を出してた。ぼくもそうありたい」

 エースだった中学2年、右肩に違和感を覚えた。疲労骨折だった。激痛が走り、ボールを15メートルしか投げられなくなった。それでもマウンドに立ち、痛みと悔しさで涙を流しながら投げ続けた。

 「もうやめろ」。父の孝一さん(49)が叫び、福岡の病院にまで治療に連れていった。1年がかりで再び野球ができるようになったが、大好きな投手はあきらめた。

 そんな息子に父は「いい選手が集まる学校で甲子園をめざせ」と尻をたたいた。しぼんでいた甲子園の夢が再び膨らみ始めた。

 対平安の9回表、円陣で「もう一度心を一つに」と一番の笑顔で盛り上げた。敗戦後、一瞬唇をかんだ。

 「もっと練習して夏に絶対戻ってきます」

 すぐに白い歯を見せ「ヘヘッ」と笑った。挫折の深いふちまで照らす性格の明るさがある。落ち込んでいるわけにはいかない。


ここから広告です
広告終わり

このページのトップに戻る