|
ここから本文エリア 「亡き友の分も打つ」 天理・古田選手2008年04月03日 「見ててくれよ、今日も勝つからな」。天理―沖縄尚学の準々決勝4回、同点本塁打を放った古田にはいつも胸の中で一緒に戦う選手がいる。故・奥瀬翔人君(当時13)。中学2年の時、練習中に熱中症で倒れて亡くなった。
中学時代、京都府内のボーイズリーグでチームメートだった。古田が1年先輩だが、先輩と後輩という関係を超えてなぜか気があった。「おれ天理に行くからおいでやー。2人で3番と4番を打とう」と言う古田に、奥瀬君は「古田さんが3番で、おれが4番やな」と冗談を言っていた。 05年10月。自宅で奥瀬君の悲報を聞き、頭が真っ白になった。一緒にプレーすることを願っていたが、かなわなかった。古田は「甲子園に出て、奥瀬の分もがんばる。そして、その姿を奥瀬の両親に見てもらいたい」と誓った。 今年1月下旬。古田は母親を通じ、奥瀬君の母広美さん(46)に選抜出場を伝えた。息子の死後、広美さんは高校野球のテレビ中継を見なくなった。息子の姿が重なり、悲しかった。だが、思いがけない知らせがうれしかった。 広美さんは「翔人と古田君は一緒に打席に入っていると思う」と願っていた。その願いが通じたかのように、この日の古田は、本塁打と二塁打を打つ大活躍を見せた。試合後、広美さんは「試合には負けたけど、ホームランを打ってくれて本当によかった。夏、また成長して戻ってきてほしい」と話した。 |