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当時はまだ甲子園球場はなく、大阪北部の豊中グランドに全国の予選を勝ち抜いた各校が参加して開催された。もともとは1周400mのトラックのある運動場だっため、形も長方形で、ライト方面は狭くなっていた。しかも、外野にはフェンスがなく、ロープを張って、ここをノーバウンドで越すとホームランという規定だった。
第2回大会もここで行われたが、当時の豊中は交通が不便で、大きな大会を開催するには向いていなかった。そのため、第3回大会から兵庫県の鳴尾球場に転じた。しかし、中学野球の人気が高まるにつれて鳴尾球場でも観客を収容しきれなくなり、あふれた観客が外野になだれこんで試合が中断、という事態も発生した。そこで、近くの河川敷に新しい球場が建設することになった。
大正13年(1924年)、東洋一といわれた巨大な新球場が完成した。この年は、干支でいうと「甲子=きのえね」の年にあたることから、甲子園球場と名付けられた。以来80年以上にわたって、“甲子園”は高校野球のメッカであり続けている。
ということで、正解はc.の豊中グランド。ちなみに、d.の山本球場(のちの八事球場)は、第1回選抜大会の開催地である。
《註》
※本講座では、「全国高校野球選手権大会」を「夏の大会」、「選抜高校野球大会」は「春の大会」「選抜」と表記
※特に断りがない限り、“甲子園”とは他の球場で行われた試合も含め、春夏の全国大会すべてを含む