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ここから本文エリア 現在位置:高校野球>コラム>佐山和夫 野球道具箱> 記事 単純な中に心の交流 重要な野球用具、ノックバット2008年04月23日 ノックバットも重要な野球用具の一つだ。 飛田穂洲著『学生野球とはなにか』の中には、昭和19年、早稲田大学の野球部員が戦地へ駆り出されるにあたって、合宿所を整理したときの情景が描かれているが、そこにも出てくる。 「ボール三百ダース、バット三百本、ノックバット十数本は相田暢一が出陣前、戦後復活に備えて購入してあった。それを一行はユニフォームとともに一室に集めて、すべての整理を終わった。(中略)その彼は数日を出でずに学徒出陣の一勇士として海軍に召されていくのである」 ノックバットなしには練習はなかった。 ところで、このノックバットという単語だが、実は英語ではそうはいわない。fungo bat(ファンゴ・バット)という。ノックのことがfungo(ファンゴ)なのだから、それも当然だ。 最も古くは1867年から使われていたことばだというが、語源については諸説粉々。まじめにいって、fun(楽しみ)とgo(行く)の合成語だとするものから、ドイツ語のfang―en(捕る)からだとするものや、「ひょいと上げる」という意味のスコットランド語fungからだとするものなどなど。打者が打つ前にボールをひょいと上げるその動作を指してのことだとする。 いずれにせよ、fungoとは、一人が球を打ち、他の者がそれを捕るという単純なゲームに関係していたことはたしか。一度でも捕球すれば打者になれるというものから、複数回の捕球を重ねてそうなるもの、あるいはフライ捕球を100点、ゴロは50点として、合計で500点に達した者が打者になるという「ファイブ・ハンドレッド」にまで、それは発展する。 日本でも最初にベースボールの種を持ち込んだホーレス・ウィルソン先生が、当時の第一大学区第一番中学の学生に示して見せたのがノックだった。「この人、常に球技を好み、体操場に出てはバットをもちて球を打ち、余輩にこれを取らせて無上の喜びとせしが…」と当時の記録にある。日本の野球というのも、まさにそこから出発していたのだ。 ついでにいえば、ノック用の長いバットそのものは、最初の野球チームであるニッカーボッカーズがすでに使用していたとのこと。距離の記録では、やはりベーブ・ルースがこれでも名を残していて、1929年、ヤンキー・スタジアムでのゲーム前のコンテストで、447フィート(約134メートル)をノックバットで飛ばしている。 練習でノックを捕り続けるのは苦しいものだが、その単純な作業の中に、打つ者と捕る者との間に何ともいえない心の交流があり、これこそが練習の真髄だと思える瞬間がある。 アメリカでは、1980年代に自動ノック機とも呼ばれるべきものが誕生しているのだが、成功しなかったのもわかる気がする。 この記事の関連情報佐山和夫(さやま・かずお)
1936年和歌山県生まれ。ノンフィクション作家。慶応大文学部卒。日本ペンクラブ、アメリカ野球学会、スポーツ文学会会員。84年潮ノンフィクション賞、93年ミズノ・スポーツライター賞など受賞。メジャー・リーグや黒人リーグなどのアメリカ野球や日米野球史に関する著書・訳書多数。近著は「松井秀喜の『大リーグ革命』」(2003年講談社)「野球とシェイクスピアと」(2006年論創社)など。 |