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ここから本文エリア 現在位置:高校野球>コラム>佐山和夫 野球道具箱> 記事 日本で最初のスクイズ サインは「帽子を横向けに…」2008年04月08日 前に野球の帽子のことを書いたときに、その色でポジションが示された歴史のあったことを述べた。アメリカ野球での話しだったが、用具がそれ本来の役目以上の意味で使われる興味深い例だった。 たまたまスクイズの歴史を調べていて、日本でも帽子が面白い使われ方をしている例をみつけた。 時は明治39年(1906年)10月16日。場所は長野市の長野師範学校。そこで行われた連合大運動会での番外試合がその舞台だった。『松本中・松本深志高校 野球部の一世紀』(平成16年)に記されているところに沿って、ことの次第をみると、こうだ。 前日、松本中学は長野師範を4―2で下し、上田中学は諏訪中学に10―2で勝った。そこで松本中学は上田中学に予定外の対戦を申し込んだ。というのは、彼らはその前年に上田中学に負けていたからだ。 どうしても雪辱したいとの思いが松本中学にあったことが、スクイズの背景になっているのだ。上田中学としても引くわけにはいかず、16日にその試合になったものらしい。 2回終了時までは両校互いに譲らず0―0。3回表、上田中学に内野安打が出て、走者は三塁まで進んだ。しかし、すでに2死。ここで、そのスクイズが飛び出している。 なんでも、松本中学では、アメリカから取り寄せたスポルディング社の『野球年鑑』などを訳して、研究に研究を重ねていたという。また『時事新報』紙上にあった「ラン・アンド・ヒット」との表現から、走者が走って打者がバントする「ラン・アンド・バント」を思いつく、すなわちスクイズである。 普通の「ヒット・アンド(エンド)・ラン」はすでにあったが、「ラン・アンド・バント」はだれもしていない。はたして、うまくいくのか。最も足の速い者が走者のときに、それをやってみようと、彼らはその練習に取り組んだ。 当時は監督もいないし、コーチもいない。作戦もなにも、すべて自分たちで工夫する時代だった。スクイズにはサインがどうしても必要だったが、今度は、それをだれがどのようにするかが問題になった。 そこで彼らはこのように決めたというのだ。 第1球目は見送る。そして、打者は普通に打つような恰好をしていて、状況がスクイズに向いてきたときを見計らって、サインを走者に送る。 帽子を横向けにかぶる――。このがその合図だった。 打者は帽子をいったん脱いで、それから横向きにするのだから、走者にも明らか。走者は猛然と本塁に走り、打者はコツンとバントした。これが見事に成功して、彼らは3―1で勝利。日本の中等学校での最初のスクイズと彼らが主張するものだ。
佐山和夫(さやま・かずお)
1936年和歌山県生まれ。ノンフィクション作家。慶応大文学部卒。日本ペンクラブ、アメリカ野球学会、スポーツ文学会会員。84年潮ノンフィクション賞、93年ミズノ・スポーツライター賞など受賞。メジャー・リーグや黒人リーグなどのアメリカ野球や日米野球史に関する著書・訳書多数。近著は「松井秀喜の『大リーグ革命』」(2003年講談社)「野球とシェイクスピアと」(2006年論創社)など。 |